アラサーソロ移住女子への処方箋 #2「お師匠から梅とドクダミ」
3年前の冬、豊岡に単身移住してきた。
縁もゆかりもない土地に一人でやってくるのは何かとこわいもの。
しかしながら、豊岡で出会った人たちと過ごすなかで戸惑いや不安は不思議と解けていく。
交わした言葉や時間はまるで“処方箋”のよう。
そんな暮らしの記録を「アラサーソロ移住女子への処方箋」※と名付けた。
※どこかで見た記事では私より年上の方も「女子」と表現していたので、ここは私も「女子」でいかせてもらう。異論は認めない。
前回のタケノコ編は思いのほか反響があった。
豊岡でできた友だちは記事を読んで「私こそ元祖こじらせ女子である」と名乗り出た。「いいや、私のほうがこじらせてる」「この人はもっとこじらせてる」と言い合いながら過去のほろ苦い思い出を持ち寄る。
こじらせエピソードは、こうして笑い話にして昇華するのがいちばんだ。
想定外だったのは、私がペンネームを使ったばっかりに結婚して苗字が変わったと勘違いさせてしまったことだ。反響の多くはこの問い合わせだった。結婚したと捉えられてもおかしくない年齢であることを再認識した出来事だった。…私だってできればそうしたいさ(小声)。
そんな私が、記事をみんなに読んでもらえたよ~(たまには褒めて~)とお師匠に報告に行った日のこと。
「丁寧な暮らし、したいんやろ?」(ん、デジャブか?)
どどーん。梅2キロ。
別のタイトルで次の記事を書き始めていたのに、この瞬間に次は「梅」を書くことが決まった。やはり私は、お師匠にはかなわない。
実は去年にも梅を分けてくれた人がいたけど「私にはできない」と実家の母に渡した(ごめんなさい)。すると母も「私にはできない」と隣の家のおばちゃんに渡した(重ねがさねごめんなさい)。今回は、去年おすそわけをおすそわけしてしまった私のいわば”リベンジマッチ”。
梅初心者に手厚いお師匠は、すでにヘタを取り除いた梅を分けてくれた。
日常にカットインする自然の産物
自然は待ったなしだ。
収穫された梅は、追熟させないならできるだけ早く処理したほうがいいらしい。次の日に友人と嵐のラストライブを見届けるために家を空けるけど梅にしてみればそんなの知ったこっちゃないのだ(こちとら一大事だというのに)。
ということで、梅をもらったその足で買い出しに行った。当たり前に私の家には梅仕事に必要なものが何も揃っていない。
買い出しメモ
・小瓶(小分けにしておけば失敗しても気持ちのダメージ少ないから byお師匠)
・梅シロップ用の氷砂糖
・梅酒用のホワイトリカー
・瓶を消毒するスプレー
まずは梅を2時間ほど水につけてあく抜き。
2キロの梅を入れられる容器がないと嘆いていたら「その袋に水入れたらいいんや」というお師匠の名案で切り抜けた(袋に穴が開いていてすぐ別の袋に移したのはここだけの話)。
「仕事が終わってから水につけるのでは時間がもったいない」
お師匠のアドバイスにより、この作業は職場の台所でさせてもらった。みんなコップとか洗いたいだろうにシンクには大量の梅。にもかかわらず誰も怒らずに放っておいてくれる、なんとも懐の深い職場である。
あく抜きし終わったらキッチンペーパーで水気をしっかりふき取る。誰か手伝ってと思わないこともないけど、一人でやる。
まるくてちいさくて、かわいいねえ。
さあ、いよいよ瓶に詰めていく!
左から梅醤油、梅シロップ×2、梅酒×2
”家に帰ったら水気を取って瓶に詰めるだけ”と思っていたけど、実際は梅や氷砂糖を量ったり、瓶を消毒して乾かしたりとこまごました作業の連続で2時間以上かかった。
丁寧な暮らしをする人は、きっと時間の使い方が上手な人のことを言うのだろう。
小瓶に詰まった愛らしい梅に、机に突っ伏して見惚れている人の目線。
日常にささやかな楽しみを
春にお世話したタケノコを食べきった私に、この日から再び日々の楽しみができた。
それは梅の入った瓶を毎日ふりふりすること。
お気づきの通り、容器が変わっている。
最初の小瓶は1回逆さまにしただけで蓋のあたりから漏れ出てきたので、2日目には別の容器にお引越しさせた。毎日ふりふりするモチベーションに関わるので最初の容器選びは大事だと学んだ。
お師匠が梅と一緒に分けてくれたのがドクダミ。
アルコールに浸かっていて、これが琥珀色になった頃に虫よけスプレーとして使えるようになる。ありがたいことに、お師匠は液体を吸い上げるスポイトとスプレー容器を一緒に渡してくれた。「瓶だけ渡しても眺めるだけやろ」と笑うお師匠。全くもってその通りだ。梅と合わせてこの子も毎日ふりふりして楽しんでいる。
家に帰ればこの子たちが私を待っている。
さらに言えば、梅とドクダミを分けてくれたお師匠や記事を面白がってくれる人たち、できあがった梅シロップで作る梅ジュースをふるまいたい相手の顔が浮かぶ。
なにか嫌なことがあっても、私は大丈夫な気がしている。
丁寧な暮らしは、先の楽しみに備える暮らし。
梅シロップは、水割りや梅寒天にしようかな。
梅酒はぜったいソーダ割で。
梅醤油は、冷ややっこにかけたり素麺の出汁にしたりできそう。
梅干しは…「作るのは3年早い」とのこと。3年後の私が首を長くして待っていることと思う。
こうして先の楽しみに向けて準備するのが、丁寧な暮らしの基本なのだと知った。人間の都合ではなく、その時に生った自然の産物のペースで。
思い描いていたのとちがって実は忙しないと分かってなお、丁寧な暮らしをもっと知りたいと思うのは、一つ一つの作業に没頭していたら余計なことを考えないで済むからだ。暇さえあれば考えごとをしてしまう私には、梅仕事のような作業に向き合う時間が必要なのかもしれない。こんなことを言ったらまたお師匠は私に「丁寧な暮らしミッション」を与えるかもしれない。(いつでも待ってます!)
一人で来たけど、独りじゃない
「ひと~り~だけど~ひと~り~じゃな~い こころの~なかは~ひと~り~じゃな~い」 【ひといきつきながら / 生沢佑一】
今回の処方箋は、お師匠からの梅とドクダミ。
自分でも梅仕事ができると分かってから、スーパーの「梅仕事コーナー」が目に留まるようになった。毎年あったのに気づかなかったのだ。
今は自分で仕込んだ梅シロップたちをいつもお世話になっている人たちにおすそわけしたいと思っている。
こうして私はまた一つ、プロのソロ移住女子に近づくことができたかもしれない。
一人で移住してもなんとかなることを私が、ここ豊岡から証明するとしよう。
「今日を生きるすべてのひとに しあわせだと思える瞬間がありますように」 【ひといきつきながら / 生沢佑一】




