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移住者に聞く・youはどうして豊岡に?②井上直子さん

こんにちは、市民ライターの田上敦士です。

移住者の方にお話を聞くシリーズ企画「移住者に聞く・youはどうして豊岡に?」第2回は2018年にアメリカから豊岡にUターン移住して来られた井上直子さんです。

今は輸入雑貨を扱う会社で働く井上さん、生まれて初めての体験を先日されたそうです。それがこちら。

なんとスカイダイビング!まさに飛んでるローカル豊岡!

「40年あまり生きてきて、人生最長の5分間でした。これは皆さんにもぜひ体験してほしい!」

熱く語る井上さんですが、実はこれまでの井上さんの歩みこそがまさに「飛んでるローカル」「小さな世界都市」を地で行く人生なのです。

ふとしたきっかけで、海外へ!

豊岡市で生まれ育った井上さんは高校卒業後、大阪の服飾専門学校を経てアパレル企業に就職しました。

「就職した会社に、海外でワーキングホリデーを経験して帰国したばかりの人がいたんですね。その人と話をしているうちに、漠然と『海外に行きたい!』って思うようになったんです。あと、外国人のお客さんとも話ができたらいいな、という気持ちも芽生えてきました。それまでは英語も全く話せなかったんです。高校時代はバスケットボール部の活動に夢中で、英語のテストは欠点すれすれ…海外で仕事をするなんて夢にも思っていませんでした。」

海外への思いを募らせた井上さん、3年で会社を退職してカナダへ。現地の語学学校に通い始めたのですが…

「半年くらい経って『このままじゃ何年たっても英語がしゃべれるようにならない』と感じました。それで、いろんな会社に手当たり次第電話して『私を雇ってください』と。でも、英語もまともにしゃべれないのに雇ってくれるところなんてないし、そもそも電話で向こうの言ってることが分からなくなると黙って切るという(笑)今から考えると、無茶もいいところですよね」

それでも熱意は通じて現地の小さな旅行会社に雇ってもらい、ツアーガイドの仕事に就きましたが、ビザの関係もあって2年で帰国。

「正直、不完全燃焼でした。それで、次はきちんとした形で海外に行こうと決めたんです。」

アメリカで、店舗マネージャーとして奔走!

アメリカ時代の井上さん

帰国後は東京で外資系の大手アパレル企業に勤務しながら海外に行くチャンスを伺い、3年後に転職しました。転職先は、パン屋さん。なぜ畑違いのパン屋さんに?

「その会社は日本風のパンの店をロサンゼルスに出店していたんですが、アメリカでさらに店舗を展開しようと、支店マネージャーを募集していたんです。新しい事業の展開に携われるということで、面白そうだと思いました。2年ほど東京で準備をして、それからロサンゼルスに渡りました。ロスには7年ほどいて、その間にお店を少しずつ増やしていくことができました。日本のパンって、あんパンとかメロンパンとか日本独自のパンがけっこうあるし、抹茶もすごく人気があるんです。日本食にはヘルシーなイメージもあって、そのあたりもアメリカ人に受けたんですよ。

とにかく人を雇い、組織を作っていく作業を一からしていくわけですから、毎日が刺激的なことの連続でした。人種も多様なので、日本では考えられないようなトラブルもありました。」

豊岡への帰省で、心が癒された…

アメリカ時代は年に数回帰国するたびに、必ず豊岡に帰省していたそうです。

「東京にいたときは年に一回帰るかどうか、くらいだったんですけどね…アメリカでコウノトリの写真を現地スタッフに見せると『家のすぐそばでこんな鳥が飛んでるのか?すごいね!』とか言われていましたし、私自身、但馬空港に着陸する直前の窓から見える景色がホントに大好きなんです。どこの観光地にも負けてないと思いますね。帰ってくるたびに癒されていました。」

全力で走り続け、力を使い果たし…

アメリカ時代の友人たちと

7年経って井上さんは、東海岸のニューヨークを含む6つの支店を統括し、100人ほどの従業員をマネージメントする立場になっていました。

「ロスとNYを行き来する生活は、いま振り返るとムチャクチャでしたね…仕事自体は充実していましたが、気づいたら身も心もボロボロになっていました。」

会社を退職して、豊岡に戻ってきた井上さん。しばらくゆっくり休もうと思っていたのですが…

「リモートマネージメント」という新たなステージへ

「1か月ほど経った頃社長から連絡があって『豊岡からリモートでマネジメントをしてくれないか』と提案されたんです。考えてみたらそれまでも西海岸と東海岸を行ったり来たりしていたので、リモートでやってるのとそんなに変わらない状況ではあったんですよね。新しい仕事が決まっているわけでもなかったので、1年間という約束で引き受けました。」

時は2018年。今のように「リモートワーク」が社会に定着していない時代です。大変だったのでは?

「こういう仕事のやり方もあるんだなと思いましたね。ただ、時差がきつかったです。パン屋さんなので朝が早くて4時くらいからお店が動き出すんですが、アメリカ西海岸の午前4時は日本でいうと夜の9時くらいなので…完全に昼と夜が逆転した生活でした。

今のようにオンライン会議のシステムは普及していなかったこともあり、指示はほとんど電話でした。ただ、もともと会議はほとんどしていなかったんです。店のマネージャーを集めて会議したところで、それぞれの店で事情は違うのであまり意味がなくて、時間のムダなんですよね。『ミーティングより現場』といつも言ってました。」

豊岡からリモートマネジメントをしながら年に数回はアメリカに渡る、井上さんの新しい仕事パターンが始まって1年あまり経った2020年、新型コロナウイルス感染症が世界を襲い、「リモートワーク」という言葉が世の中で一般的になりました。そしてその年末、井上さんは今度こそ本当に会社を退職。気づけば1年という約束だったリモートマネージメントを始めてから、2年が経とうとしていました。

会社を退職し、新たなスタートを

「コロナは別に関係なくて、そろそろ一区切りつける時期かなと思いました。アメリカのお店の経営も軌道に乗り、さすがに前のように『すべてが新しい経験』というわけでもなくなりましたし、やはり豊岡とアメリカという2拠点生活には若干中途半端感があったのも確かです。それ以上に、自分の中で『この仕事はやり切った』という気持ちになれたので、次のステージに進みたいと思ったんです。前の仕事を通じて自分がどれだけ成長できたのか、新しいことを始めないと確認できないじゃないですか。」

今度は少し余裕を持って豊岡で暮らしたい。そう思っていた井上さんに声をかけたのは、輸入雑貨の卸会社を営むいとこでした。

「今は、キャンドルやアロマディフューザーを中心とした雑貨を輸入するために、海外のデザイナーや職人さんとコンタクトをとっています。輸入した商品は全国のお店やバイヤーさんに卸すのですが、この仕事も事務所が日本のどこにあってもハンディはありません。むしろ地方の方が、倉庫などの賃料が安く上がるというメリットさえあります。」

身につけた英語を武器に、世界を相手にしたリモートワーク。形としてはこれまでの仕事にかなり近いのですが、生活はずいぶん変わったようです。

「以前は仕事以外のことが何もできなかったんですが、今はかなり余裕があるので、ライフスタイルとしてはとても豊かに感じます。例えば、陶芸家をしている友人の海外プロモーションを手伝うとか。ヨーロッパのギャラリーとの交渉窓口をしているんですが、仕事というよりは『楽しみ』としてやっている感じですね。」

今あらためて感じる、ふるさとの魅力

もともと大好きだったふるさと・但馬についてもあらためて目を向けると、いろいろ新たな発見があったといいます。その一つが、冒頭にご紹介したスカイダイビングでした。

「関西で唯一、スカイダイビングができる施設が豊岡の但馬空港にあったなんて知りませんでした。前からスカイダイビングには興味があったので思い切って申し込んでみたんですが…ホントに衝撃的な体験でした!飛行機の窓から見てた景色とも全然違うんですよ。なんといっても、360度すべてが空なんですから。なんで今までやらなかったのかと思うくらいです。

他にも但馬には、他の場所にはないもの、どこにも負けないものがたくさんあるんだと、最近あらためて感じています。地元にずっと住んでいると、なかなかその価値を分からないというところもあるかもしれませんね。」

《取材を終えて》

30代前半にして「アメリカ新規出店の統括マネージャー」という、絵に描いたようなキャリアウーマンまっしぐらだった井上さんですが、高校時代はファッション業界に憧れるごく普通の女の子だったようです。

ただ彼女には、人並外れた行動力がありました。それが自分でも思いもしない方向に人生を切り開いていく原動力になったのだと、お話を聞いていて強く感じました。
そしてそのバイタリティは、今も全く衰えていないようです。「とにかく豊岡に住む人には、スカイダイビングをぜひ一度体験してほしい」と力説する井上さんでしたが、ごめんなさい。私は高所恐怖症なので、スカイダイビングだけは絶対に体験できないです…

【スカイダイビング関西】

スカイダイビング関西は、 西日本で唯一のスカイダイビングができるスポットです。
上空約3,500メートルから、日本海はもちろんのこと、視界が良ければ日本三景の天橋立まで一望できます。
シーズン中は平日・週末問わず毎日開催しているので、北は北海道から南は沖縄まで、各地から集まったジャンパーが気軽にスカイダイビングを体験しています。

住所:兵庫県豊岡市岩井字河谷1598-35 但馬空港 西側格納庫
電話:0796-43-1002(クラブハウス)
HP:https://skydiving-kansai.com/

この記事を書いた人

田上 敦士

城崎生まれ。大学進学で上京し、大阪のテレビ局に就職して30年余り。早期退職して2020年に但馬に帰ってきました。
合同会社TAGネット 代表(といっても、社員は私だけです)

http://www.tag-net.work

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