気比の浜辺の精霊(しゃーら)送り

初めて耳にした言葉

“しゃーら送り”

 

私が初めてこの言葉を耳にしたのは、

双子の長男と長女が幼稚園に入園した時のことでした。

地域のこども育成会(こども会)に入会し、

その総会に初めて参加した時。

“しゃーら”。

役員さんの口から出たその聞き慣れない言葉に思わず耳を疑い、

手元の総会資料に目をやるとそこには“精霊送り”と書いてありました。

 

「役員さん、読み方間違っているんじゃないのかな…。」

隣に座っている、入会したばかりのお母さんと一緒に

目を合わせてクスっと笑ったのを今でも覚えています。

受け継がれてきた浜のお盆の伝統行事

その後、この辺りの方言で「精霊」という言葉を

“しゃーら”と言うのだと知りましたが、

なんとなくお盆に浜で行われている行事…くらいの認識のまま

参加することもなく過ぎてしまいました。

 

ところが幼かった長男長女も中学生となり、私も育成会の役員となって

今年は準備の段階から“しゃーら送り”のお手伝いすることになったのです。

まずは竹の準備から

まずは行事に使用する竹を切りに行くことから始まります。

正確には切る以前に、竹が群生している林探しから。

竹は竹でもこのような行事に使うのは“真竹(まだけ)”でないとダメなんだとか。

男性の役員が林を探し当て、地主様に許可を得て精霊(しゃーら)送りの

前日に切らせて頂きました。

当日の午前中はこの竹を使って蝋燭や線香を立てる

竹細工を行います。

竹に切り目を入れて開きます。

そこでジャガイモの登場。

竹の直径と同じくらいの大きさのジャガイモを選び

中にググっと押し込みます。

そして蝋燭が立てられる様に、ジャガイモの真ん中につまようじを刺します。

周りに半紙を巻いて蝋燭立ての完成。

こちらは線香立て。

竹を切る男性役員の腕もどんどん上達していきます。

精霊送りは、盆施餓鬼(ぼんせがき)を終えた

8月16日の夕べに行われるため、

午後には地域の女子中学生たちが気比中の家々を訪問し、

お供え物を回収して回ります。

精霊(しゃーら)送りとは…

精霊送りとは、お盆に家へ帰っておられた仏様(亡くなった方々)を

お盆が済んだので、仏様の世界へお送りすることなんだそうです。

 

昔、港村(みなとむら)だった頃、この地域では子ども達が麦わらで

小型の舟(しゃーら舟)を作りそこに回収したお供え物や

お盆の塔婆(とうば)を積んで、上級生の子ども達がその舟を担ぎ海に出て、

沖へ沖へと泳いで運び、海に流してお見送りしていたそうです。

こちらがその舟。全長は1メートルくらいあります。

今でもその当時に作られていた舟を再現した物が、

地区の公民館の片隅に置いてありました。

 

昭和40年代後半には海や川を汚さない、公害を無くす運動が盛んになったため

海に舟を流す送り方はそこで途絶えてしまったそうです。

 

まだ沖へと舟を出していた頃の貴重な古い写真を見せて頂きました。

真っ黒に日焼けした上級生の子ども達が舟担いで沖へと向かっています。

足がつかなくなると泳いでさらに沖へ沖へと進んだそうです。

新たな形での精霊(しゃーら)送り

昭和48年以降は、気比の浜に大きな穴を3つ掘り、

それを舟の形にみたて、その穴でお供え物や塔婆(とうば)を燃やし

仏様を送り出す方法に変わったそうです。

 

今でも地域の子ども達(中学生)が中心となって精霊送りの準備を行っています。

お供え物の回収を終えた女の子たちは、その後公民館で舟の飾りを作ります。

一方男の子達は浜に集合し、スコップで大きな穴を掘り、

砂で舟を作ります。

午前中に作った竹細工は、この穴の周りに飾ります。

こちらは舟の帆となるだるまの絵。

沖へと泳いでいた頃の写真のだるまと同じ絵です。

昔はこの絵もこども達が描いていたそうですが

今はコピー機のお世話になっています。

 

 

そして時間になるとお寺の和尚様にお越しいただき、お経をあげていただきます。

昔はこの後で子ども達が舟をかついで海に入っていったそうです。

 

この写真は地元の写真家の方からお借りしました。

今年は生憎のお天気で雨風が強く、火を入れる前から帆が破れてしまいましたが、

どんよりした空と、大海原を見つめる和尚様。

そして海へ向かい手を合わせる住人のみなさんと子ども達。

なんだかいろんな方々の思いが詰まっていて胸が熱くなる一枚です。

絶やすことなく、後世に伝え続けていきたい伝統行事だと強く思いました。

昔から子ども達が準備をし、子どもたちの手で精霊を送ることで

田畑を耕し、村を守り育ててこられたご先祖様に感謝し、

無事に送ることができたという喜びを分かち合うという

思いが込められた行事だったそうです。

 

資料によると明治22年生まれの方が子どもの頃から

既にこの精霊送りは行われていたそうです。

少なくとも約130年前より以前から行われていたということになります。

 

ここで暮らしてまだ10年ほどしか経っていませんが、

伝統行事に参加したことで、港村だった頃の人々に想いを馳せ、

また少しこの場所が好きになったような気がします。

 

 

この記事を書いた人

桶生美樹

2000年10月、こども英会話の講師を辞め、魚市場で働く夫と結婚。姫路から大阪へと移り住む。2002年日韓ワールドカップ終了を機に、サッカーをこよなく愛する夫が大阪の魚市場を離れ、実家が営む城崎温泉の魚屋を継ぐ為城崎へ。城崎温泉と日本海の美味しい魚にすっかり魅了され、魚介で四季を感じる豊岡での暮らしを満喫中。3児の母
(株)おけしょう鮮魚
お食事処 海中苑
☎0796-29-4832

http://www.okesyo.com/

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