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霧の町・豊岡で子どもと見た雲海

「天国みたい」子どもと見た、雲の上の豊岡

今年も豊岡に雲海の季節がやってきました。

朝晩の空気が冷たくなってくると、子どもたちと来日岳へ行った去年の秋の朝を思い出します。

子どもたちにとっては初めて見る雲海。

きっかけは前日の夜、友達からの一言でした。

「明日、雲海見に行けへん?」

急な誘いにもかかわらず「行こう」とすぐに決まりました。

難しい理屈は分からなくても豐岡で暮らしていると「明日は雲海が出そうだな」と分かる夜があります。

 

行き先は来日岳。

山頂まで車で行けるので、子どもたちを連れて出かけやすい場所です。

まだ暗いうちに家を出発。山道を上っているうちに空が少しずつ明るくなっていきます。

山頂で待っていたのは、目の前いっぱいに広がる真っ白な雲の海。

 

いつもの豊岡の町は雲の下にすっぽり隠れています。

初めて見る景色を前に、子どもたちから出てきたのは

「天国みたい」

という言葉。

私も同じ景色を眺めながら「連れてきてよかったな」と思いました。

「霧の町・豊岡」を上から見る

私は昔から、豊岡は「霧の町」だと聞いて育ちました。

秋から冬になると朝の町が真っ白な霧に包まれます。

豊岡に霧が多いのには、この土地の地形や環境が関係しているそうです。

豊岡盆地は山に囲まれ、真ん中には円山川が流れています。円山川や湿地など水分の多い環境に加え、秋から冬の晴れた夜には気温が下がる。そこで発生した霧が山に囲まれた盆地にとどまりやすくなります。

町の中にいれば、いつもの霧。

でも来日岳から見下ろすと、その霧が目の前に広がる雲海になります。

 

子どもの頃から何度も見てきた豊岡の霧を、子どもたちと一緒に上から眺めていました。

雲の下には家があり、学校があり、職場がある。
私たちが毎日暮らしている豊岡が、今はこの雲の下にすっぽり隠れています。

山の上から眺めていると、毎日過ごしている町がとても小さく見えてきます。

そこで仕事をしたり、子育てをしたり、人と出会ったり。普段はそれが私たちの世界のすべてのように感じているのに、こうして見ると大きな自然の中にあるほんの一部。

私たちも、この景色の中で暮らしている。

そう思うと、何度見ても不思議な気持ちになります。

雲海の前で食べるラーメン

山頂には私たち以外にもいろいろな人がいます。

一人で静かに雲海を眺める人。家族でコーヒーを飲みながら過ごす人。友達同士で来ている人たち。

同じ雲海を前に、それぞれの朝を過ごしていました。

 

私たちにも雲海を見に行く時には定番の過ごし方があります。

前日の夜にカップラーメンやスープを買っておき、山頂でお湯を沸かして食べたり、食事を持ち寄って食後にはコーヒー。

 

冷たい空気の中、湯気の立つラーメンを一生懸命食べる子どもたち。

 

 

▲前日に好きなカップ麺を選んで、外で食べる楽しみ

「おいしい」

早起きをして山へ来て目の前には雲海がある。

遠くまで旅行をしなくても、暮らしている場所の近くでいつもと少し違う時間を過ごせる。

それは豊岡で子育てをする中で、私がいいなと感じていることの一つです。

▲フレンチトーストを作ってくれる友人

子育ての真っ只中に見た雲海

子どもたちと雲海を眺めながら、以前ここで雲海を見た頃とはずいぶん状況が変わったなと思いました。

双子を出産するため里帰りしていた頃、毎日のように夜泣きが続き睡眠不足。慣れない子育てに必死だった時期です。

そんな時に埼玉から夫が豊岡に来てくれました。

その日は双子を夫に任せ、母や兄家族と一緒に豊岡市が開催している雲海ツアーへ。

ほんの数時間でも子育てから離れ、朝の空気の中で景色を眺める時間は、当時の私には小さなご褒美でした。

 

 

▲豊岡市が開催した雲海ツアー※少し下の駐車場から皆で登山して山頂へ。時間が経過するにつれて霧が晴れ、町や円山川が現れてきます。

あれから数年。

今度はあのとき夫に預けていた子どもたちと、同じ雲海を見ています。

 

子どもたちに残ってほしい、豊岡の記憶

私は子どもたちにいろいろな自然に触れてほしいと思っています。

でも今回、雲海を一緒に見て感じたのはそれだけではありません。

いつも暮らしている町も、見る場所を変えればまったく違って見える。

いつも自分たちがいる町が、今は雲の下に隠れている。

少し角度を変えるだけで、今まで知らなかった景色が見えてきます。

子どもたちにはこれからも、いろいろな角度から広い世界を見てほしい。

それを言葉で教えるのではなく、一緒に体験していけたらと思っています。

そしてもう一つ感じたのは、子どもと同じ景色を見て同じ時間に心を動かされることの嬉しさでした。

いつか子どもたちが大きくなったとき、豊岡で過ごした子ども時代をどんなふうに思い出すのかは分かりません。

でも早起きしたこと。

山の上の冷たい空気。

目の前いっぱいに広がった雲。

そこで食べた温かいラーメン。

そして「天国みたい」と言ったあの景色。

雲海は、その日の朝が終われば消えてしまうけれど、そこで過ごした一つひとつが、豊岡で育った記憶のどこかに残っていたらいいなと思います。

 

豊岡には海も山も川もあります。

子育てをするようになって感じるのは、そんな自然との距離の近さ。

前日の夜に「明日行けへん?」と誘われて、翌朝には子どもたちと雲海を見ている。

特別な旅行ではなく、いつもの暮らしの中にこんな朝がある。

 

あれから一年。

今年も「霧の町・豊岡」に雲海の季節がやってきました。

去年「天国みたい」と言った子どもたちは、今年はどんな景色を見るのでしょう。

また今年も、家族で雲海を見に行けたらと思っています。

豊岡の秋には、こんな朝があります。

 

 

この記事を書いた人

松原 寛子

豊岡市出身。
東京で歌手・ボイストレーナー・MCとして活動していた頃に、お笑い芸人だった夫と出会いました。
その後、双子を出産し、都会での子育てに奮闘する中で「やっぱり自然が身近な場所で子どもを育てたい」と思うように。

2024年5月、家族で「妻ターン」として豊岡へ帰郷。
久しぶりの地元での暮らしは、懐かしさと新しい発見の連続です。

このコラムでは、都会と豊岡の子育て環境の違いや、家族と過ごす中で感じた“豊岡での暮らしの豊かさ”を、等身大の言葉で綴っていきます。

誰かの背中をそっと押せるような、そんな記事を目指していきたいです。

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