長女が劇団青年団『東京ノート』に出演しちゃった話。vol.2

こんにちは。

2020年(令和2年)の3月です。

世間はコロナウイルス渦の真っ只中。みなさん、元気ですか?

私は元気です!家族も元気です!

なんとかみんなで乗り越えて、少しでも明るく過ごしていきたいですね。

 

豊岡市の城崎温泉にある小さな写真スタジオに結婚を機に移住して、14年になりました。

元は大阪でフリーアナウンサー、仕事で来た城崎温泉で今のダンナと知り合い、スピード婚。

現在はカメラマンで三姉妹の母で飛んでるローカル豊岡市民ライターの井垣真紀です。

 

さてさて。

前回の「長女が劇団青年団『東京ノート』に出演しちゃった話。vol.1」では、

中学1年生になったばかりの長女がたまたま行った市の演劇ワークショップで(しかも無料!)、日本を代表する劇作家の平田オリザさんに見つけてもらい、主宰を務められている劇団「青年団」の城崎での舞台(第0回豊岡演劇祭)に出てみないかと言われ、面白そう!やりたい!と即答したことで出演が決まった。

という、ちょっとその時は自分でも何が起こったのかよくわからなかった驚きの展開を書きました。

その続きです。

城崎国際アートセンターで稽古が始まる。

令和元年8月。お話があってから3週間後くらい。

お盆の真っ只中に、青年団、韓国、台湾、フィリピン、タイからの俳優さん、通訳の方、みんなの食事を作るスタッフ、総勢約30人が城崎国際アートセンターにやって来られました。

オリザさんと事前に約束をして、長女と一緒に私も挨拶に伺いました。舞台で拝見したことのある俳優さんもいらっしゃって、私が出演するわけでもないのにすごく緊張したのを覚えています。

オリザさんが私たちを皆さんに紹介してくださり、通訳の方2人が訳してくれました。

ひと月前に13才になったばかりの長女がこれからひとりで、広い世界に入っていくんだと感じました。私の知らない広い世界。

それから彼女は、残りの夏休みをほとんど毎日のように自宅から徒歩3分のアートセンターに稽古に通いました。

 

私は完全にノータッチ。

本音を言うと、やっぱりすごく気になったし、自分のこと以上に緊張してドキドキして毎日を過ごしてました(その母らしい感情もどういうことなのか自分でも不思議で理解できないのですが)。

もうそこは彼女の世界だし。私は母であるというだけで彼女とは別の人で。彼女の世界に口を出したり顔を出したりするのは違う、と感じました。

もともと私は、子どもにあまり干渉しないというのもあります。

保護者として、稽古の時間に遅れないように気にかけたり、ちゃんと帰宅したかを確認することくらいができる仕事かと。

なので、稽古の写真は全然ありません。それは正直言って、残念!(笑)

台本

これは、一緒に挨拶に伺った初日にオリザさんから彼女に渡された台本です。

「一応渡しておくけど僕の台本は読みにくいから。読まなくてもいいよー。」

と言って渡されていました。

初演から25年。再演されるたびに少し先の未来を描いて来たという作品『東京ノート』

少し変えるくらいでほとんど最初の脚本のままやってきた、というお話でしたが、今回は新たな試み。

7ヶ国語が飛び交う「インターナショナルバージョン」です。

今回この記事を書くために、長女に初めて見せてもらいました。

いろいろ書き込みをしてあって。

あぁ、彼女は頑張ってたんだなぁ。

エキストラのはずが。

いただいた台本には、長女の名前はありませんでした。

もちろん。エキストラだし。

でも、稽古に行った時にオリザさんにこう言われたそうです。

「井垣さん、今から僕が言うこと書いて。」

その時、鉛筆も持ってなくてどうしようと思ったら、すぐそばにいた俳優さんがパッと貸してくれたそうです。

オリザさんが話す言葉をそのまま、よくわからないまま台本に書き込んだのが、新しく彼女のために作られた役のセリフでした。

セリフがあった!

「エキストラだと思ってたら、セリフがあった!!オリザさんが作ってくれた!」

と帰ってきて興奮気味に話してくれました。

彼女のあんな表情を見るのは久しぶりだったなぁ。目が大きく見開かれてキラキラしてました。

俳優さんたち

第0回豊岡演劇祭の時の写真です。

手前右のフィリピンのTVタレント・マンジンが撮ってくれた写真をお借りしました。

英語が苦手だった彼女も、日本語のわからない俳優さんとは片言の英語でなんとか話をするようになったようです。

初めて見た彼女の演技

私が初めて彼女の演技を見たのは、第0回豊岡演劇祭の初日の前日。

城崎国際アートセンターに滞在されるアーティストの記録写真を撮りに行かせてもらうことがよくあるのですが、今回も同じようにゲネプロ(本番さながらの通し舞台稽古)に、仕事で行きました。

テレビカメラも新聞記者も撮影に来ていました。

私は…、ドキドキしてました。やっぱり。

大丈夫かなぁ、迷惑かけないかなぁ、って。自分のことじゃないのに(笑)。

 

でも、舞台に出て来た彼女にびっくりしました。

なんと彼女は、いつもの、ふだんの、我が家の長女でした!

へ??? どういうこと???

と思われるかもしれないけど、私はもっと、何というか、いつもと違う彼女が舞台にいるのかと思ってました。

でも全然違って、本当にいつものそのままの、うちの長女が舞台にいて喋ってる、そんな感じだったので本当に驚きました。

本当にふつうでした。

この「ふつう」を舞台の上でできるか、と言うと私はできない。

うまく説明できないけれど、もしかしたら彼女が選ばれたのはこういうことなのか、と思いました。

第0回豊岡演劇祭

第0回豊岡演劇祭は、大盛況のうちに幕を閉じました。

メインプログラムの、城崎国際アートセンターで行われた青年団『東京ノート・インターナショナルバージョン』と出石永楽館での柿喰う客『御被楽喜』のチケットは数日前には売り止めとなり、席を増やして当日券を出す、ということになりました。

スタジオ公演のホエイ『或るめぐらの話』うさぎストライプ『ゴールデンバット』も入れなかった方がたくさんいたそうです。

まちの人は、当日でも入れるだろう、と思っていた人がほとんどでした。(なんせ人口が少ないまちなので、何につけてもいっぱいで入れない、なんてことがあまりないのです。)

なので、慌てて当日券に並んでくださったりしました。

今回、チケットが早く売り切れたのは、遠方からのお客様が多かったからです。

こんなにたくさんの方が「演劇を見るために」遠くから来てくださるんだ、とみんなで驚きました。

人口減少が止められないまちの未来も、とても明るいように見えました。

さて。とうとう終わってしまいました。

本番が近づくにつれて、「終わってしまうー。いやだー。」とずっと言っていた長女。

青年団本公演『東京ノート・インターナショナルバージョン』は、このあと、富山県利賀村で開催される「シアターオリンピックス」での上演、また2020年2月には東京での2週間の上演が決まっていました。

でも長女は、お客様に配られたリーフレットの配役表にも、「井垣ゆう(城崎公演のみ)」と書かれていたし、もちろん学校もあるし。無理だとわかっていても寂しい気持ちが高まっていたと思います。

「お母さんに言っても仕方ないやん。オリザさんに言ってみたら?もっとやりたいです!って。」

「えー、そんなんムリー!」

ってやり取りを毎日のようにしていました。

終演後に。

第0回豊岡演劇祭に関わった人たちでささやかなパーティが開かれました。そこには私もお邪魔しました。

オリザさんから長女に、よく頑張ってくれました!とサイン入りの著書をいただきました。

大先輩の俳優さんが、長女の歌を作ってウクレレで弾き語りをしてくれました。

泣けました。私は関係ないけど、ここでは泣いちゃいました。

みんなに可愛がってもらって、幸せだなぁって。よかったなぁ。ありがたいなぁ。

そこで思い切って彼女は、

「私もまだまだやりたいです!私も東京公演に出たいです!」

と自分でオリザさんに言いました。

他の役者さんたちも、「ゆうちゃんとやりたい!」と言ってくれました。

その時のオリザさんは、「え!でも学校があるし…。」とちょっと困ってらっしゃいました。

でも、その場にいた中貝市長が、

「いいじゃない!素敵じゃない!学校だけが勉強の場じゃないよ!応援するよ!」と言ってくださり、

「ほんとですか?では、東京公演出演の方向で考えます!」

とオリザさんが言ってくださいました。

みんな、にこにこ笑顔でした。

 

その後は、教育委員長が応援してくださり、学校長の大賛成があり。

オリザさんと青年団の皆さんが、中学生を東京に長期滞在させることも含めて、彼女の東京公演出演についていろいろと考えてくださり。

整ったところで、長女の『東京ノート・インターナショナルバージョン』東京公演の出演が正式に決まりました。

ほんと、夢のような話です!

型通りでなく子どもを応援してくれる、すてきなまちだと思いました。

お嫁に来てよかったー!

このまちに住んでることを誇りに思います。

 

そして、こんなことがもっともっと起きるまちになるかもしれないんです。

江原河畔劇場

劇団「青年団」が豊岡市にオープンする「江原河畔劇場」は、現在2020年3月30日まで、クラウドファンディングを実施中です。

支援総額が増えるほど、取り組む内容が増えるストレッチゴールを設置。スタートから2日と少しで1,000万円到達し、話題となりました。

高校生以下の観劇が無料となる2,000万円を突破し、児童劇団創設(参加費無料)の3,000万円も突破!

次の目標は、4,000万円で若手演劇人の育成機関の創設。これも、突破しました!(3月26日)

そして、5,000万円で地域の共有スペース増設を目指すということです。

豊岡だけでなく、ここから世界の未来が変わるかもしれないプロジェクトです。
あの時関わってたら面白かったのにな。と悔しがらないためにも。

読むだけでもいいので、内容を読んでみてください。ワクワクします!ワクワクを共有できたら嬉しいです。

詳しくは、こちら。江原河畔劇場クラウドファンディング

 

東京公演のお話は、次回に。

この記事を書いた人

井垣真紀

関西を中心にフリーアナウンサーとして活動したのち、2006年、城崎温泉にある写真スタジオに嫁ぎ、移住。
現在は、三姉妹の母でフォトグラファー。
マタニティフォト、ベビーフォト、ブライダル撮影、また、舞台撮影や取材撮影なども。
たまーに、アナウンサーの仕事も。
週に二回はスタジオ併設のカフェも営業しています。

温泉があって、食べ物が美味しい。山があって海もある。雪も降るし蛍も出る。
豊岡のまちは住めば住むほど好きになります。ここでの暮らしぶりをお伝えできれば。

イガキフォトスタジオ ☎︎0796-32-4151

http://www.igakiphoto.jp/

この記事を読んだ人にオススメ!

ホーム 暮らし 長女が劇団青年団『東京ノート』に出演しちゃった話。vol.2