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【豊岡で起業!第4弾】コミュニティゲストハウス「Hostel Act&もりめ食堂」さんに取材!

みなさん、こんにちは。市民ライターの田上敦士です。

豊岡市のど真ん中といってもいい場所に「ふれあい公設市場」という、木造の建物が並ぶとても古い市場があります。私が子どもの頃(約半世紀前)にはすでに「古い市場」という雰囲気を醸し出していたくらい歴史のある市場なのですが、最近は閉店も多く、ちょっと寂しい空気に包まれていました。

そんな公設市場に2020年3月、新しいお店がオープンしました。食堂を併設したゲストハウス「Hostel Act&もりめ食堂」です。

このお店を作ったのは、「飛んでるローカル豊岡」の先輩ライターでもある「OKD」こと岡田圭輔さんと、パートナーの「もりめ」こと森恵美さんの二人。開業1周年を前に、岡田さんにお話をうかがいました。

まず岡田さんのプロフィールからうかがいます。

生まれ育ったのは、豊岡市と同じ近畿北部の京都府与謝野町です。豊岡市に来る直前は京都市内のWEB制作会社に勤めていたんですが、何か地元にとってプラスになることができないかな、という気持ちが10年くらいずっとあって、地元を盛り上げるような活動に関わっていました。そんな想いもあって全国各地の「地域おこし協力隊」の公募を見ている中で豊岡市の募集を見つけ、豊岡観光イノベーションの活動にも魅力を感じたのと、地元と同じ北近畿地区ということで応募したところ採用されて、2017年4月に移住しました。

パートナーの森さんとの出会いは?

京都でWEB制作をしている時に知り合いました。彼女は愛媛県大洲市の出身で、大学卒業後は京都の会社で自分と同じようにWEB関係の仕事をしていたんですが、彼女もフリーランスでやっていきたいという想いを持っていたんですね。
ゲストハウスの準備をしていた頃に、食事をする機会があって、今は豊岡にいるって話をしたら後日あらためて豊岡を案内することになり、来てみたら「面白いね」ってことになって、のちに手伝ってもらうことになりました。

ここでゲストハウスをしようと思われたのはいつ頃ですか?

地域おこし協力隊員としては、豊岡観光イノベーションで仕事していました。仕事というよりは、地域のことや観光のことを一緒に勉強させていただいた面が強かったです。任期は3年だったので、2年目に入ったころから、任期満了後にどうするのかを考え始めていました。そんな中、公設市場の中の物件(こことは違うお店だったのですが)を見つけ、こうした空き家を活用できないかと考えはじめました。以前京都市内にいたので、この数年のインバウンド全盛期より前からゲストハウスを取り巻く状況の変遷を眺めていましたが、近年はインバウンドのお客さんも多かったですし、日本各地のみならず世界からいろんな人が集って交流できる場所が作れたらいいなと思ったんです。
この場所に興味を持ったので、あらためてどうやって公設市場ができたのかを調べ始めました。1925年の北但大震災後の復興期に設置されたことや、市役所のこと、「とゞ兵」のこと。豊岡劇場も同じころにコンクリートで建てられていたり。図書館に資料があるので、何度も通いました。ちなみに公設市場は2003年に改修もされてるんですよ。

思い立たれてからオープンまで、およそ2年。長い道のりでしたね。

実現できるのかどうか誰も保証してくれないので、不安でしたね。
この物件はもともと30年くらい前までお肉屋さんだったんですけど長い間空き店舗になっていて、家主さんも数年前に亡くなっていました。ここを使わせてもらえるよう家主さんのお子さんたちにお願いに行ったら「できれば賃貸ではなく買い取ってほしい」と。それは想定の範囲内ではあったので、事業計画書を作って銀行さんに融資を受ける相談をしました。ところが、いざ土地建物の名義を変更するタイミングになって、相続の手続きが完了していないため、先代ご夫婦の相続権者全員に承諾をもらわないといけないことが分かったんですよ。8人か9人…その手続きだけで4か月以上かかってしまいました。
あと、こんな古い木造の市場でのゲストハウスということで、消防の許可をとるのが大変でした。設計をお願いしていた建築士さんはもともと数年来の友人で、宮津で木造のゲストハウスを建てた実績もあったため、なんとかできるのではと思っていましたが、先例のないことなので、手探りで何度も調整してもらいました。ただ、いろいろと追加の設備が必要になり、予算を超えてしまったので、クラウドファンディングを立ち上げて資金を集めることになりました。おかげさまで無事に目標を達成し、最低限必要な設備や改修を終えて、開業にこぎつけることができました。

そうした中で、IPPO TOYOOKAにも相談されていたんですよね?

IPPO TOYOOKAの今井さんには、多角的にアドバイスをいただきました。自分たちには見えていないところに気づかされたところも多かったですし、クラウドファンディングを立ち上げたのも今井さんに背中を押してもらってできたことです。
「クラウドファンディングを立ち上げることで、直接の知り合い以外の人にもこのゲストハウスのことを知ってもらうきっかけになるし、個人だけでなく企業単位で支えてくれるところもあるのではないか」といったアドバイスは、とても具体的でしたし、なるほどと思いました。実際、クラウドファンディングに参加してくれた方の3割くらいは元々の知り合いではなかった方です。会ったこともないのに5万円以上出資してくれた方もいらっしゃいます。
今井さんに相談する中で、自分たちの考えをまとめることができたというのも大きかったですね。そして、同じ時期に起業された方と交流する機会を得られたのも貴重でした。今でも、お互いにいい刺激になっています。

オープンは2020年3月1日でしたね。私もほぼ同じ時期に豊岡に戻ってきたのですが、まさにコロナ禍直撃ですよね。大変だったんじゃないですか?

3月は宿泊もまだちょくちょくあったんですが、4月に入ると…ただ、3月オープンでよかったんですよ。これがもし4月オープンだったら、たぶん開業を延期にしていましたね。曲がりなりにもスタートを切れたのはラッキーでした。
ただ、やっぱり不安ですよね。比較する対象がないので「コロナのせいでお客さんが来られない」のか「そもそもニーズがない」のかが分からない(苦笑)…インバウンドについては、しばらく先が見通せませんし。
でも、インバウンドがないからこそ、日本人同士の交流の場になっているところがあります。コロナで観光客が減った宿泊業のを支援するための「STAY豊岡」の制度を利用して豊岡市民の人たちが泊まってくれたり、9月の豊岡演劇祭の際には、演劇を見に来た人も利用してくれたり。夏休みには学生さんも来てくれました。ゲストハウスだけではなく食堂も併設しているのは、旅に来た人とこのまちに住む人との語らいの場になってほしいという狙いがあるんですね。豊岡の中でも旧豊岡市街地というのはいわゆる「観光地」ではないからこそ、訪れた人にはこの土地の「生の姿」をここで感じてほしいと思います。
いつかは外国人のお客さんも戻ってくる日が来ます。ここで外国からやってきたお客さんと触れ合った豊岡の子どもたちが、成長して英語も話せるようになって、さらに外国の人たちと深く交流していく、そういう景色を見られたらいいなと思っています。

〔取材を終えて〕

2020年4月、大阪から引越してきた直後に、新聞記事で「もりめ食堂」のことを知りました。「旅人とまちの人との交流の場」というコンセプトにものすごく魅力を感じた私は、久々の一人暮らしの寂しさも相まって「ここに入り浸ろうかな」と思ったのを覚えています。ところがその直後に緊急事態宣言が発令されたことで、外食するのがはばかられる空気になってしまい、そのまま訪れる機会を逸していました。
それから1年近く経って、ようやく訪れた「もりめ食堂」。ずっとお客さんと話しながら明るい笑顔を絶やさない森さんは、本当に人と接するのが好きなんだなと感じました。そんな様子を横で見守っている岡田さん。「人と人が出会って交流するのをそばで見ていたい」と語る口調は穏やかでしたが、その言葉にはとても力強さが感じられました。

この記事を書いた人

田上 敦士

城崎生まれ。大学進学で上京し、大阪のテレビ局に就職して30年余り。早期退職して但馬に帰ってきました。
合同会社TAGネット 代表(といっても、社員は私だけです)

http://www.tag-net.work

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