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豊岡の教育っておもしろい③~豊岡市が“演劇”を学校教育に取り入れた理由~

「失敗してもいい」から始まる学び。豊岡市が“演劇”を学校教育に取り入れた理由

これまでの記事では、豊岡市が育もうとしている「非認知能力」について学び、実際に小学1年生の演劇ワークショップも見学してきました。

第1弾では「非認知能力とは何なのか」https://tonderu-local.com/education/32524.html
第2弾では、実際の教室で子どもたちやファシリテーターがどんな時間を過ごしているのかhttps://tonderu-local.com/education/33544.htmlを書きました。

では、豊岡市は、なぜこうした教育を始めたのか。そしてその方法として、なぜ「演劇」を選んだのか。

今回は、この取り組みの立ち上げに関わった嶋前教育長と、プログラムをつくり、チーフファシリテーターを務めるPAVLIC(パブリック)のわたなべなおこさんに話を聞きました。

始まりは「教育で貧困の連鎖を止められないか」

▲演劇ワークショップの立ち上げに関わった嶋 前教育長

―そもそも、この取り組みはどんなところから始まったのでしょうか?

嶋さん:
始まりは、平成30年に豊岡市が行った貧困に関する調査でした。

低所得の家庭の保護者が何に困っているのかを調べると、一番は生活費で、その次に「子どもの教育」が出てきたんです。

そこで当時の中貝市長から、「教育で、この貧困の連鎖を止める方法はないだろうか」という話がありました。

そこから、一生懸命調べ始めたんです。

家庭の経済状況は、子ども自身が選べるものではありません。

それでも、経済状況の違いによって学ぶ機会や、先々の選択肢に差が生まれてしまうことがある。

教育として、何ができるのか。それがこの取り組みの出発点でした。

―調べていく中で、どんなことが見えてきたのでしょうか?

嶋さん:
家庭の社会経済的背景と子どもの学力の関係を見ると、全体としては、社会経済的背景が高いほど学力も高くなる傾向がありました。

しかし、社会経済的背景が厳しい家庭の子どもたちの中にも高い学力を持っている子がいたんです。

それで、「なぜこの子たちは学力が高いんだろう」と調べていきました。

保護者への質問紙を見ると、子どもの良いところを褒めて自信を持たせることや、努力すること、最後までやり抜くことの大切さを伝えることなど、共通する働きかけがあったんです。

さらに豊岡市は、国内外の研究を調べる中で「非認知能力」に注目していきました。

その内容については第1弾の記事でも紹介していますが、問題はその次でした。

大切な力だと分かっても、その非認知能力を「どう育てるか」で立ち止まったのです。

―非認知能力が大切だと分かったあと、すぐに演劇にたどり着いたんですか?

嶋さん:
いや、そこで、はたと困ったんです。

非認知能力にはいろんなものがある。でも、もともと持っている資質や性分をどう伸ばしたらいいのか、その方法が分からなかった。

そこで平田オリザさんに相談して、研究者の話を聞きに行きました。

そこで出てきたのが「アウトプット型の学習」という考え方でした。

僕たちが勉強するときは、覚えたり、知識をためたりするインプットが多いでしょう。でも、それをアウトプットするときに非認知能力が育つという話だったんです。

演劇やダンス、メディア表現など、いくつかの方法が研究されていて、その中から豊岡市が選んだのが、演劇でした。

豊岡市には、それ以前から演劇を使ったコミュニケーション教育の蓄積もありました。

だから、まったく何もないところから突然「演劇をやろう」と決めたわけではありません

「柔らかいプリン」と「台風」で劇をつくる

では、演劇を使うことでどんな体験が生まれるのでしょう。

―実際には、どんなことをするんですか?

嶋さん:
1年生では動物や動作、場所などを体で表現して、みんなに当ててもらうようなところから始めます。

2年生になると、もう少し複雑になります。

例えば、「柔らかいプリン」「辛いカレー」「いたずらをする人」「ブラックホール」「台風」。これを全部登場させて、一つの劇をつくるんです。

―プリンとカレーとブラックホールと台風を、全部ですか?

嶋さん:
そう。一人ではできないでしょう。

物語をつくるには相談しないとできない。「あの子とはできない」なんて言っていられないんです。

ハードルが高くなればなるほど、協働性が必要になる。簡単なことだったら、一人でやってしまえますからね。

「柔らかいプリン」と「ブラックホール」と「台風」。

聞いただけでも、どうやって一つの話にするのか私には想像がつきません。

でも、だからこそ一人ではできない。

自分の考えを出しながら友達の考えも聞いて、「じゃあどうする?」と一緒につくっていく必要があります。

演劇という方法を使う理由が、とても理解できました。

「成果がなければ入れない」

ただ、豊岡市は演劇ワークショップを「なんとなく良さそうだから」と全校へ広げたわけではありません。

モデル校で実施し、研究者とともに効果を検証しながら進めてきました。

―新しい教育なら「とりあえずやってみよう」ではなかったんですね。

嶋さん:
学校の教育って、印象で評価することが多いんです。

「あの子は目がキラキラしている」とか、「このクラスは明るくなった」とか。

もちろん、それが当たっていることもある。

でも、こういう取り組みは科学的に数値でも表さなくちゃいけないと思ったんです。

だから研究者のチームに評価・検証をお願いして、モデル校で実施しました。

成果があるんだったら入れようと。

成果もないのに、なんとなくではできないですからね。

モデル実施と検証を重ね、少しずつ対象を広げ現在の形につながっています。

調査では、小学1・2年生ともに「やり抜く力(自己効力感)」「自制心」「協働性」のすべての項目で、演劇ワークショップ後にプラスの変化が見られました。

小学校1・2年生ともに、「やり抜く力(自己効力感)」「自制心」「協働性」のすべての項目に おいて、演劇ワークショップ後にプラスの変化があり、とりわけ「自制心」「やり抜く力(自己効力感)」が伸長している。

「失敗しないように」ではなく、失敗から学ぶ

取材の中で、嶋さんが話した「トライアンドエラー」という言葉も印象に残りました。

―子どもたちには、失敗する経験も必要だと考えているのでしょうか?

嶋さん:
先生たちは、失敗しない方法を取ることが多いんです。子どもたちに失敗をさせないことに力を注ぐ。

でも、このワークショップでは、質の高い失敗をさせよう、意味のある失敗をさせようということなんです。

その子がどこにつまずいて、どういう考え方や感じ方をしてそうなったのか。

そこからみんなが学べる。エラーから学ぶということです。

第2弾で見た教室では、子どもたちが途中で止まってしまう場面が何度もありました。

でも、ファシリテーターはすぐに答えを渡しませんでした。

「どうする?」

そう問いかけて、待つ。

その時間の意味が、今回の取材で少し違って見えるようになりました。

この演劇ワークショップは「失敗しない子」を育てようとしているのではありません。

自分でやってみて、うまくいかなければ考える。そして、もう一度やってみる。

そんな経験ができる場所を、大人たちがどうつくるのか。

そこまで含めて考えられている授業でした。

もちろん、一度形になったからといって、それで完成でもありません。

嶋さん:
一回成功したからといって同じものをずっとやっていくというのは、教育の欠点だと思うんです。

子どもも変わっているし、地域も変わっている。

だから、プログラムは必ず更新していくんです。

ここまで嶋前教育長に聞いてきたのは、「なぜ豊岡市がこの教育を始めたのか」という話でした。

 

では、その考えは実際の教室でどのように形になっているのでしょう。

別の日に演劇ワークショップのプログラムをつくり、チーフファシリテーターを務めるPAVLIC(パブリック)のわたなべなおこさんにも話を聞きました。

わたなべさんは東京を拠点に活動しながら、豊岡でワークショップが行われるたびに東京から足を運び、子どもたちと向き合っています。

「演劇は目的ではなくて、ツールなんです」

▲演劇ワークショップのプログラムをつくり、チーフファシリテーターを務めるPAVLIC(パブリック)のわたなべなおこさん

―わたなべさんは、このワークショップにおける「演劇」をどんなものだと考えていますか?

わたなべさん:
この演劇ワークショップでは演劇を創作して発表することが目的ではなくて、演劇を創作して発表するという体験を通して「学び」や「気づき」を促すためのツールなんです。

知識や技術を教えるというより、体験して自分で気づいてもらう。
誰かに言われてよく分からないまま受け入れるのではなく、自分で気づくことがワークショップの学びのスタイルだと思っています。

わたなべさんは、豊岡に関わる以前から20年ほど幼稚園などで子どもたちとの演劇ワークショップに関わり、異なる年齢の子どもたちが一緒に劇をつくり、その中でお互いに影響を受けながら変わっていく姿を見てきたのだそうです。

―長く子どもたちとのワークショップを続ける中で、どんなことを感じてきましたか?

わたなべさん:
異年齢の子たちが学び合いながら劇をつくっていく姿や、子どもたちが変わっていく姿を見てきて、体感として「演劇ワークショップって、子どもの頃に体験できているといいよね」というのはありました。

豊岡のプログラムも、それまで自分がやってきたことや、そこで感じたことを整理して、小学1・2年生向けにつくっていったという感じです。

子どもを動かすのではなく、子どもを見る

第2弾の記事では、ファシリテーターがすぐに答えを教えたり、「静かにしなさい」と指示したりしないことが印象に残ったと書きましたが、ではその関わり方の裏側にはどんな考えがあるのでしょう。

―ファシリテーターは、子どもたちと関わるときに何を見ているんですか?

わたなべさん:

ワークショップの目的やプログラムの内容、子どもの状態、学校の状況、先生、その空間。そうしたものを見ながら「今何をするかしないか」「何を言うか言わないか」を考えています。

例えば外から見ていると、ファシリテーターが何もしていないように見えることもあると思うんです。でも子どもが今何をしようとしているのかを見て、あえて何もしないこともあります。

その場で起きていることを見ながら声をかけるのか、かけないのか。何かをするのか、しないのかを判断していくということを心掛けています。

そういう意味でファシリテーションは才能ではなくスキルなんです。

―子ども一人ひとりについては、どんなところを見ていますか?

わたなべさん:
表に出ていることと、その子の内面とかその後ろにあるものって全く違っていることがあります。

だから、「この子は今、本当は何をしたいんだろう」「何を頑張ろうとしているのかな」というところを見るようにしています。

私は演劇をやっているので、人間の行動には全部理由がある、というのが前提にあります。

本人がその理由を自覚しているかどうかは分からないけれど、「なぜこの行動をしているんだろう」と考える。

正解かどうかは分からなくても、そうやって想像することは大事だと思っています。

第2弾で私が見ていたファシリテーターの言葉や動きにも、一つひとつ理由があったのだと、この話を聞いて分かりました。

 

先生にも、ファシリテーターがつく

ファシリテーターが、あえて声をかけずに待つ。

子ども同士で何かが起きても、すぐには止めない。

そこには一つひとつ意図があります。

でもその意図は、初めてワークショップを見るだけではなかなか分かりません。

そこで豊岡市の演劇ワークショップでは、初めて授業を見る担任の先生に対してファシリテーターが一人つき、子どもたちの活動を一緒に見ながら「今はこういうことが起きています」「ファシリテーターは、こういう意図で今の対応をしています」と、その場で授業を解説していきます。

―先生にまでファシリテーターがつくんですね。

最初に見るだけだと、分からないことがたくさんあると思うんです。

何もやっていないように見えるけれど、こういう意図があって何もやっていないとか、今どういうことを気にして子どもに声をかけたのかとか、どういう視点から子どもを見ているのか。

そういうファシリテーションの部分を解説するようにしています。

先生方にもこのワークショップを理解していただきながら、ファシリテーターの視点みたいなものも知ってもらえたらと思っています。

最初の頃は先生も子どもたちの様子が気になって、つい手や口を出してしまうことがあるそうです。

なかなか話を聞かない子のそばへ行って、「ちゃんとしなさい」と小さな声で伝える。

うまく進んでいなければ、助けてあげたくなる。

普段から子どもたちを見ている先生だからこその行動なのだと思います。

でも回数を重ねるうちに、先生の姿にも少しずつ変化が見えてくるそうです。

すぐに声をかけるのではなく、少し待ってみる。子ども自身がどうするのかを見てみる。

子どもたちがワークショップを重ねていくのと一緒に、先生もファシリテーターの関わり方を見ながら、子どもを見る視点を増やしていく。

演劇ワークショップは、子どもたちだけが経験する時間ではないのだと感じました。

 

豊岡では「やって終わり」にしない

そして、他の地域でも長く演劇ワークショップを行ってきたわたなべさんが、豊岡について何度も「すごい」と話されたことがあります。

それが、授業後の振り返りです。

―豊岡では、毎回先生とファシリテーターが振り返りをしていますよね。これは他の地域でもやっていることなのでしょうか?

わたなべさん:
通常、学校でワークショップをすると学校に行って、ワークショップをやって、それでおわり、ということがほとんどです。
先生方はものすごくお忙しいので、通常、ワークショップ後に改めて振り返る時間を取ることはなかなか難しい。

でも豊岡市ではワークショップをやって終わりではなくて、先生方とファシリテーターが振り返る時間を必ず取っていただいている。

それって本当にすごいことだと思います。

私たちは毎日子どもたちを見ているわけではありません。

だから、「今日のクラスはどうしてこうだったんだろう」と思うこともあります。

そこで担任の先生の話を聞くと、「こういう流れがあって、今日はこういう形で出たんだな」と理解できたりする。

逆に私たちから、その日に見えた子どもの姿を先生に伝えることもできます。

そこで分かったことを、次のグループ分けや、次にどうファシリテーションするかにもつなげていけるんです。

初めてワークショップを見る先生には、ファシリテーターの動きや言葉の意図を解説する役割を置くこともあります。

なぜ今、声をかけたのか。

なぜ、あえて何もしなかったのか。

何を見て、その言葉を選んだのか。

子どもだけがワークショップを経験して終わるのではなく、そこで得られた視点を先生とも共有していく仕組みがあります。

わたなべさん:
私が知る限りではありますが、ワークショップ中、ご覧になっている先生方にファシリテーションや子どもの変化などの解説をリアルタイムで行っているのは豊岡市だけだと思います。
ワークショップの実施だけなく、それに付随するさまざまなことに対する細やかなケアを丁寧に、本気でやっているのが豊岡市だと思います。

 

子どものために、教育も変わり続ける

▲演劇ワークショップでファシリテーターの問いかけに手を挙げる子どもたち

第1弾では、私は「非認知能力」という言葉を知りました。

第2弾では、その力に働きかける授業を、実際に教室で見ました。

そして今回、そのさらに奥にあったものを知りました。

嶋前教育長から聞いたのは、家庭環境によって子どもの将来まで左右されてしまうことに対して、「教育として何ができるのか」と考え、調べ、試し、検証しながら、この取り組みをつくってきた過程でした。

わたなべさんから聞いたのは、その考えを教室の中で形にするために子どもの行動をよく見て、すぐに答えを渡さず、ときには何もせずに待つというファシリテーターの仕事。

そして、その視点を担任の先生とも共有しながら、次の授業へつないでいく豊岡の仕組みでした。

他の地域でも長く演劇ワークショップに携わってきたわたなべさんが、「ここまでやるところはなかなかない」と話す取り組みが、豊岡ではすべての小学校の1・2年生を対象に続いています。

子どもたちに「やってみよう」と伝えるなら、教育をつくる側も、試して、振り返って、変わっていく。

3回の記事を通して私が見つけたのは、演劇ワークショップという一つの授業だけではなく、子どもたちに今、どんな教育が必要なのかを考え続けている豊岡の姿でした。

3回の記事を通して、母親として思ったこと

第1弾で「非認知能力」という言葉を知ったとき、私はまず双子の子育てを思い浮かべました。

同じ日に生まれて、同じ家で、同じように育っているのに、得意なことも、苦手なことも、人との関わり方も全然違う。

子どもって、同じように育てれば同じように育つわけではないんだなと日々感じています。

第2弾では、実際の演劇ワークショップを見ました。

そこでは、子どもたちを同じ方向へ動かそうとするのではなく、一人ひとりが何を考え、何をしようとしているのかをファシリテーターがよく見ていました。

すぐに答えを教えず、待つ。

うまくいかなければ、もう一度考える。

友達と違う考えでも、まず出してみる。

そして今回、その時間が偶然できあがったものではないことを知りました。

家庭環境によって子どもの将来に差が生まれてしまうことに対して、「教育として何ができるのか」と考えた大人たちがいて、必要な力について調べ、どうすれば育てられるのかを考え、演劇という方法にたどり着き、まずはモデル校で試し、効果を検証してから全校へ広げていった。

実際の教室では、専門性を持ったファシリテーターが子どもたちを見て、その視点を先生とも共有する。そして今も、子どもたちに合わせてプログラムを変え続けています。

ここまで知って、改めて思いました。

豊岡って、こんなに子どもの教育を大切にしているまちなんだな、と。

豊岡に帰ってくるまで、私はこんな教育が行われていることを知りませんでした。

移住先を考えるとき、自然が豊かとか、住む場所があるとか、子育て支援が充実しているとか、目に見える条件はもちろん大切だと思います。

でも実際に子どもを育てていると、それと同じくらい、

このまちは、子どもたちにどんな大人になってほしいと考えているのか。

そのために、どんな教育をしようとしているのか。

そんなことも、その土地で子育てをしていくうえでとても大切なことなのだと感じます。

子どもに失敗させないようにするのではなく、失敗してもそこから考えられるようにする。

みんなを同じにするのではなくその子が今、何をしようとしているのかを見る。

そして子どもたちに変化を求めるだけではなく、先生も、ファシリテーターも、教育のプログラムそのものも変わり続ける。

そんな教育が特別な学校だけではなく、豊岡市の全小学校で行われています。

3回にわたって取材してきて、私が一番うれしかったのはそのことを知れたことかもしれません。

「豊岡で子育てするって、いいかもしれない」

この記事を読んだ誰かが、そんなふうに豊岡での暮らしを想像するきっかけになったらうれしいです。

この記事を書いた人

松原 寛子

豊岡市出身。
東京で歌手・ボイストレーナー・MCとして活動していた頃に、お笑い芸人だった夫と出会いました。
その後、双子を出産し、都会での子育てに奮闘する中で「やっぱり自然が身近な場所で子どもを育てたい」と思うように。

2024年5月、家族で「妻ターン」として豊岡へ帰郷。
久しぶりの地元での暮らしは、懐かしさと新しい発見の連続です。

このコラムでは、都会と豊岡の子育て環境の違いや、家族と過ごす中で感じた“豊岡での暮らしの豊かさ”を、等身大の言葉で綴っていきます。

誰かの背中をそっと押せるような、そんな記事を目指していきたいです。

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