松葉がにの奇跡
最近気がついたこと
城崎温泉の冬の味覚といえば松葉がに!城崎温泉から車で5分ほどのところにある津居山港で行われる松葉がにの競りを、いつも間近で見ている魚屋の桶生美樹です。結婚して豊岡市へ移住し、約20年が経ちました。かにのシーズン中は仲買人である夫の仕入れに帯同し、毎年何万匹という松葉がにを見ています。…が、実はその生態についてほとんど知らなかったことに、恥ずかしながら最近気がつきました。どこで生まれてどのように成長し、私たちの元へ届いているのか…。兵庫県但馬水産技術センターの方にもお話をうかがいながら、その生態について調べてみました。
かにはどうやって産まれるの?
“松葉がに”の名前は良く知られていますが、実は成長した身入りの良いズワイガニの雄のことをそう呼んでいます。では雌は?というとこの辺りでは“せこがに”と呼び、雄に比べて体が小さく、地元では「子が美味しい」と知られています。せこがにの「子」には「内子」と「外子」があり、内子は卵巣で、外子は卵のこと。腹に抱えている卵から、2~3月頃に幼生がふ化して海中に放たれ、生まれた幼生はしばらくの間プランクトンとして海中を浮遊して過ごします。
この間を浮遊期と言います。最初は3ミリほどの小さな幼生ですが、見た目はまるで宇宙人。成長過程では“ゾエア”や“メガロッパ”と呼ばれ、その姿はとても神秘的です。1回で約50000個の卵がふ化するそうですが、残念ながらこの浮遊期間に多くの幼生が他の魚などの餌食となってしまいます。
幼生は浮遊しながら日々成長を続け、3~5か月経つとやっと“かに”らしい見た目の“稚がに”となり、底生期と呼ばれる海の底での暮らしが始まります。
雌のズワイガニの成長
雌がには卵を抱えられるようになるまで、9回の脱皮を繰り返し、初めての産卵直前に10回目の脱皮(生涯で最後の脱皮)を行います。 ここまでに約8年かかります。 外子(卵)の色は産卵直後は鮮やかな赤い色をしていますが、中の幼生の成長が進むにつれてオレンジ色から茶色へと変化。そして2~3月のふ化直前になると黒っぽくなります。せこがにの漁期は11月~12月であるため、普段わたしたちが目にするせこがにの外子の色はオレンジから茶色、濃い茶色のものが比較的多いです。卵の色から成長過程をうかがい知ることができるのです。
ちなみに、雌がには雄がにから受け取った精子を貯めておける“受精のう”という袋を持っていて、生涯一度だけ雄がにに出合えれば、 産卵の度に新たな雄がにとの出合いが必要なわけではなく、自らすぐに産卵準備に入ることができるのだそう。 (受精のうに保管しているものより新しい精子の方がいいらしいですが…….。
雄のズワイガニの成長
雄のズワイガニも浮遊期を経て底生生活を開始し、脱皮を繰り返し大きくなります。雄の生涯の脱皮回数は個体差があり約10回~12回で最終脱皮を迎えるそうです。市場に出ている成長した雄は、ふ化して約9年以上経っており最終脱皮を終えたズワイガニであると言えます。また雄の寿命は15年以上だと言われています。
水がに(若松葉がに)って何?
ズワイガニはその多くが9~10月頃に脱皮を行います。脱皮を行い、まだ甲羅が硬くなっていない雄のズワイガニを“水がに(若松葉がに)”と呼びます。現在、但馬では規制により2月のみ水揚げを行って良いとされているので、市場に出ている水がには9~10月頃に脱皮を行い、脱皮してからおおむね4~5か月経っているということになります。
水揚げされている水がには、親指のはさみの大きさからするとおそらくこれが生涯で最後の脱皮です。見た目は大きいのですが、中の身がまだ成長しておらず、その身が水っぽいことから“水がに”と呼ばれます。脱皮後1年以上が経過し、身がしっかりと成長して初めて“松葉がに”と呼ばれるようになるのです。
ももがにって何?
こちらは“ももがに”という呼び名で競られている親指のハサミが小さい雄のズワイガニ。まだ最後の脱皮を終えていない成長途中。この後まだ脱皮を行います。生涯最後の脱皮を終えたかにはハサミが大きくなることからその違いを判別することができます。
“ももがに”という名前の由来は何だと思いますか?答えはその見た目の色。成長した松葉がにと比べ少し赤身がかったピンク色をしていることから“桃がに”と呼ぶのだとか。なんともかわいいネーミング。ウチのお店では“桃ちゃん”と呼んでいます。
二枚皮(二重皮)って何?
こちらは“二枚皮”という呼び名で競られている雄のズワイガニ。甲殻類は、脱皮前になると体の内側に柔らかい殻ができます。そして古い殻を脱ぎ捨て大きな体へと成長するのです。脱皮する直前は殻が二重になっていることから二枚皮と呼ばれています。漁師さんはハサミの大きさや足や腹の色からこの二枚皮を分別しています。
こちらは脱皮している瞬間。今まで何度か脱皮の瞬間に出合いましたが、その後生き残ったかには見たことがありません。やはり深海の自然環境の中でないと脱皮を成功させることはとても難しいようです。また、相当デリケートな作業であるため、途中で刺激を受けるとうまくいかないのだとか。お尻からギュギュっと抜け出し、古い殻を脱ぎ捨てます。
そして甲羅も。
古い殻の内側は、粘着質でトロっとしており新しい殻にくっついていました。
漁師さんが脱皮したての珍しいかにを取っておいてくださいました。
ハサミの先までぐにゃぐにゃです。それでも細部までしっかりと松葉がにの形をしていて、その精密さに驚かされます。
※市場に出ているももがにや二枚皮は、一般的にかにが脱皮する時期(9月~10月)に脱皮を行わなかったかにであるため数多く水揚げされているわけではありません。
このようにズワイガニは雄、雌ともに長い年月をかけて何度も脱皮を繰り返し、立派なかにへと成長します。今まで何気なく日々接してきましたが、こうして調べてみるとなんだかとても愛おしく、その自然の恵みのありがたさに感謝の気持ちでいっぱいになります。奇跡的に生き残り、長い年月をかけて成長し、私たちの元へ届いていました。
当たり前のことが当たり前でなくなってきた今、この松葉がにの漁を持続可能な漁業にするためにできることは一体何なのか、自問自答の毎日です。なんとかこの奇跡の資源を未来へと守り続けたい。そして命がけで獲ってきてくださる漁師さんから毎年楽しみに待っておられる消費者の皆さんへ、お届けする架け橋役をこれからもずっと担い続けていきたいと思っています。