豊岡市民も知らない? 実はここまでやっていた、豊岡の「水害対策」
2026年夏。日本各地で記録的な大雨が発生し、浸水被害などが相次ぎました。
テレビに映し出されたのは、街の道路が川のようになり、駅前が水に浸かり、車が水没している様子。
映像を見ているうちに、ふと、あの日の豊岡が思い返されました。
2004年10月20日。台風23号によって円山川が増水し、堤防が決壊。豊岡の街は大規模な浸水被害に見舞われました。
▲出典:豊岡市役所「泥の海にのまれた豊岡市(豊岡市江本)」
もし、2004年のような大雨が豊岡を襲ったら。
また豊岡の街は水に浸かってしまうのでしょうか。移住者にとって、とても気になるところです。
調べてみると、豊岡市は2004年の水害を教訓に備えを積み重ねていて、「こんなにしっかりと治水対策をしていたのか」と驚くことばかりでした。
そして、その取り組みは私のような移住者はもちろん、豊岡に長く暮らしている人にもあまり知られていなかったことがわかりました。
豊岡市のハザードマップを見ながら災害への備えを考えている人、豊岡への移住を検討している人、そして、すでに豊岡で暮らしている人。
そんな方々に知ってほしいと思い、豊岡の「水との闘い」を調べてみました。
※できるだけ短くまとめようとしましたが、長い記事となってしまいました。休み休み、お付き合いいただければと思います。
あの日、豊岡は水に沈んだ
▲浸水する大開通り(出典:国土交通省近畿地方整備局 豊岡河川国道事務所 まるやまがわキッズ)
まずは、2004年に豊岡で何が起きたのかを簡単に振り返ります。
2004年10月20日、台風23号が豊岡を襲いました。円山川流域では昼過ぎから激しい雨が降り、夕方から河川の水位が急上昇。午後11時過ぎには円山川と出石川の堤防が一部で決壊しました。
旧豊岡市の市街地は周囲の河川堤防よりも低い土地が多く、大雨の際には排水ポンプで市街地にたまった⾬⽔を円⼭川へ排水する仕組みになっています。
しかし、このときは円山川の水位が上昇し、河川の氾濫を防ぐためポンプによる排水を停止せざるを得ない状況に。その結果、行き場を失った雨水が市街地にたまって浸水被害が広がりました。
被害は市街地にとどまらず、現在の豊岡市の各地域でも浸⽔や⼟砂災害が発⽣。
この水害による死者は7人。建物の被害は、全壊333棟、⼤規模半壊1,082棟、半壊2,651棟、一部損壊292棟、さらに、床上浸⽔545棟、床下浸⽔3,326棟という甚⼤な被害が発⽣しました。
西日本豪雨で見えた、豊岡の治水対策の効果
▲出典:Google Earth / 気象庁データ(「平成30年7月豪雨」72時間積算雨量分布図)
豊岡の歴史に大きな爪痕を残した2004年の水害。
その水害から14年後の2018年7月、西日本を記録的な豪雨が襲いました。「平成30年7月豪雨」、通称「西日本豪雨」です。
西日本の各地で48時間や72時間の降水量が観測史上最多を更新し、河川の氾濫や堤防の決壊、土砂災害が相次いで発生。住宅や道路、ライフラインにも大きな被害が出ました。
豊岡では、観測所で72時間雨量357.5mmを記録。2004年の台風23号の雨量と比較すると、約1.18倍にあたる雨量となりました。
2004年を越える大雨に見舞われた豊岡ですが、大規模な堤防決壊は発生せず、家屋の浸水被害は148戸にとどまりました。
▲堤防はギリギリで越水を抑えることに成功(出典:豊岡市役所「平成30年 豊岡市政10大ニュースが決定しました」)
わかりやすくたとえるなら、体重100kgのラグビー選手の体当たりに耐えきれなかった豊岡の守りが、ひと回り大きい118kgの選手の体当たりに耐えたようなものです。
(※あくまで表現上の例えです。実際は豊岡観測所の数値だけでなく上流も含む流域の総水量で規模が変わります。)
なぜ、豊岡は西日本豪雨の被害を少なく抑えることができたのでしょうか。
その背景には、2004年の水害を教訓にした国や県・市が進めている治水対策がありました。
2004年の水害を教訓に進められた治水対策
▲出典:国土交通省 水管理・国土保全局「円山川水系河川整備基本方針」
2004年の水害を受け、円山川や出石川などでは「河川激甚災害対策特別緊急事業」、通称「ゲキトク事業」が実施されました。
1.堤防の整備・強化
2004年の水害では、円山川の豊岡市立野付近や出石川の出石町鳥居付近で堤防が決壊しました。
この被害を受け、円山川や出石川などでは堤防の新設・かさ上げに加え、堤防に遮水シートを敷くなどの強化が進められました。
2.川底の掘削(河道掘削)
▲出典:国土交通省 水管理・国土保全局「円山川水系河川整備基本方針」
川に土砂がたまると、水を流せる面積が小さくなります。
川底を掘り下げることで流せる水の量を増やし、洪水時の水位上昇を抑えます。
3.橋など河川施設の改修
古い橋には橋脚が多いものや橋桁が低いものがあり、洪水時に流木などが引っ掛かると水の流れを妨げてしまいます。
そこで、橋の架け替えなどを進め、洪水時に水が川を流れやすくなるよう整備が⾏われました。
4.排水機場など内水対策の強化
2004年の水害ではポンプの排水能力を上回る雨が降ったため、豊岡・城崎・八代などの排水機場のポンプの能力を増強。
豊岡排水機場では1秒間に排出できる水量が25%引き上げられました。
5.雨水をためる対策
街に降った雨が一気に川へ流れ込むのを抑えるため、雨水を一時的にためる施設も整備されました。
兵庫県但馬県民局の駐車場の地下や豊岡総合高校のグラウンドには、雨水を一時的に貯めこむ仕組みが設けられています。
大雨の際に雨水をいったん貯めて川への流出を遅らせることで、河川の水位上昇や市街地の浸水被害を抑えます。
これらの治水対策が、2018年の西日本豪雨による被害の軽減につながりました。
国土交通省の検証では、これらの治水対策によって⽴野地点の円⼭川の⽔位を約0.6m低減させることができました。
その結果、豊岡排水機場などではポンプの停止水位まであと0.2mまで迫りましたが、⽔位の上昇を抑えたことで排⽔ポンプを断続的に稼働させることに成功。
さらに、兵庫県但馬県民局の駐車場の地下や豊岡総合高校のグラウンドでは約2,700m³の雨水を一時的に貯留。
複数の対策がかみ合わさり、堤防決壊は0件、豊岡市中心部の内水被害を回避することができたのです。
豊岡の一部地域で浸水被害や土砂災害が発生しましたが、2004年の被害に比べるとかなり被害が少なかったといえます。
あの日の水害からの備えが、14年後の西日本豪雨で機能したのです。
近年の豪雨はどれくらいの雨量なのか
近年、全国各地で線状降水帯などによる猛烈な雨が降るケースが増えてきました。
ここ数年の豊岡市の代表的な大雨の記録は、
・令和3年(2021年)8月前線停滞に伴う大雨(最大72時間降水量は282.5mm)
・令和5年(2023年)8月の大雨(最大72時間降水量は183.0mm)
の2つ。西日本豪雨の72時間雨量357.5mmを下回っています。
2021年の大雨では豊岡市内の排水機場がその性能を発揮し、国土交通省の試算では約6,870戸の浸水被害を回避したとされています。
気になるのは、2026年8月に発生し全国的なニュースとなった「千葉豪雨」です。
千葉豪雨の雨量を調べてみると、千葉観測所の72時間降水量はなんと426.5mm。
豊岡が西日本豪雨で観測した72時間雨量357.5mmの約20%増となっています。
はたして豊岡はこの400mm越えの記録的な降水量に耐えられるのでしょうか。
大雨による洪水被害の軽減に向けて、今年から豊岡で新たな施設の運用が始まりました。
それが「中郷遊水地(なかのごうゆうすいち)」です。
2026年から運用が始まった大型貯水地「中郷遊水地」
▲出典:国土交通省 近畿地方整備局「中郷遊水地(下池)が完成、豊岡市街地の浸水被害を軽減!」
2026年春、円山大橋から上流約4kmの円山川河川敷に「中郷遊水地」の下池が完成しました。
中郷遊水地は、大雨で川の水位が上昇した際に洪水の一部を一時的にため、豊岡市街地などの下流へ流れる水の量を減らすことができます。
計画上の洪水調節容量は、今回完成した下池が約150万㎥。そして現在整備中の上池が約120万㎥。
将来の合計は約270万㎥になり、25mプール約7500杯分の水を貯めることができます。
これがどれくらいすごいのかは、貯水施設として有名な首都圏外郭放水路と比べてみるとわかります。
▲埼玉県の首都圏外郭放水路
地下神殿と称される首都圏外郭放水路。総貯水量は約67万㎥で25mプール約1,900杯分。
なので、豊岡の中郷遊水地は首都圏外郭放水路に比べると現在で約2.2倍の貯水量、完成すれば約4倍の貯水量となります。
貯留容量の単純比較ではありますが、すごい施設ができたものです。
国土交通省は、この中郷遊水地の整備によって円山川下流域の河川水位を約20〜30cm下げる効果を見込んでいます。
街を守る大規模な治水施設の誕生、とても心強く感じます。
千葉豪雨に豊岡は耐えられるのか?
千葉豪雨に話を戻します。
2026年8月に千葉を襲った千葉豪雨の72時間降水量は426.5mm。
豊岡が西日本豪雨で観測した72時間雨量357.5mmの約20%増となっています。
2018年の西日本豪雨の時には無かった中郷遊水地が今は運用が始まっていて、さまざまな治水工事が日々進められている豊岡。
豊岡は、千葉豪雨クラスに耐えられるのか。
これについては、「さまざまな要因が影響するため、実際に降ってみないとわからない」というのが現状です。
記事内ではわかりやすく72時間雨量で比較していますが、「どの場所に雨が降るのか」「雨が短時間に集中するのか」「広い範囲に雨が降るのか」などの条件によって、川に流れ込む水の量や市街地の浸水状況は変わります。
雨量だけでは判断することは難しいです。
1点、参考になるデータがあります。
豊岡市役所が公開している内水氾濫のハザードマップ「内水浸水想定区域図」です。
この図は、豊岡に1時間雨量130mmの大雨が降り、さらに排水ポンプ機能が停止するなどで雨水を排水できなくなった場合という条件での浸水予想が作成されています。
この条件の場合、豊岡市各地で内水氾濫が想定されています。
千葉豪雨は1時間雨量115mmという猛烈な雨が降りました。内水浸水想定区域図の雨量は130mmで近似しています。
排水不可の条件が加わっているので100%この通りになるとは限りませんが、「千葉豪雨クラスが豊岡を襲ったらどうなるのか」のひとつの目安になります。
なお、これまでの豊岡の1時間雨量の記録は、2004年の水害時の最大1時間降水量が55.0mm(※計器水没のため解析雨量)、西日本豪雨時が36.0mm、豊岡の観測史上最高の1時間降水量が59mm(2004年8月15日に記録)。
千葉の豪雨が観測最高記録67.5mmを大幅に越えたように、豊岡にもいつの日か記録更新級の豪雨が降るかもしれません。
大切なのは、治水対策を進め続けることと、もしも水害が発生した場合の備えをしておくことの両方だと思います。
豊岡市のハザードマップの読み取り方について
▲出典:豊岡市役所 防災マップ 市街地地区 想定最大規模降雨
今回の調査を進めるうちに、豊岡市のハザードマップについて私自身も読み取り方を勘違いしていたことに気付きました。
このハザードマップは、想定最大規模降雨(48時間雨量約505mm)が降り、さらに堤防が決壊したらという条件が加わっています。
「記録的豪雨が降ればハザードマップのようになる」と思っていましたが、それだけではなく堤防も決壊するという最悪のケースの想定事例です。
なお、ハザードマップが想定する「48時間雨量約505mm」は、豊岡の西日本豪雨(48時間雨量345.0mm)の約1.5倍、千葉豪雨(48時間雨量387.0mm)の約1.3倍。
こちらについても、いつの日か豊岡の街に想像を越える記録的な豪雨が降るかもしれません。もしものケースのために、知っておきたいと思います。
【まとめ】災害に備え続けるまち、豊岡
▲台風23号メモリアル水防訓練の様子(出典:豊岡市役所「豊岡消防団 台風23号メモリアル水防訓練を実施しました」)
水害について調べてわかったのは、豊岡は2004年の水害を教訓にした整備が進められ、洪水や浸水の被害を軽減する力が日々高められているということでした。
豊岡では定期的に「台風23号メモリアル水防訓練」が実施されています。消防団や自主防災組織、国・県・市の職員などが参加し、水害の記憶を風化させず、被害を少しでも減らすための訓練が行われています。
災害には想定外があり、どれだけ備えても100%の安心はありません。
それでも、一度起きた災害を忘れず、その教訓を次の備えに変える。
被害を少しでも減らそうと対策を積み重ねる姿に、豊岡で暮らすことへの安心感を覚えました。
今回調べた中郷遊水地や地下の貯水施設、ゲキトク事業などについて周りの人に聞いてみると、ほとんどの人が知りませんでした。
豊岡生まれの人に聞いても「そういえばあのあたりでなんか工事やっとったねえ」という反応で、私が話を聞いた範囲では治水対策について詳しく知っている人はごく少数でした。
豊岡への移住を考えているなら、過去の水害被害やハザードマップだけを見るのではなく、「このまちは、過去の水害から何を学び、今どんな備えをしているのか」という視点で見てみるのも大切なのではないかと思います。




