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拝啓、この試みによって人生が変わるまだ見ぬ人たちへ #4

この記事は豊岡市が2018年度から実施している「ミュージシャン・イン・レジデンス 豊岡(以下『MIR豊岡』)」という新しい試みに、市民ライターの僕が少しずつ関わらせてもらう過程で見えてきたものを、ありのままにつらつらと書いていくものです。

あれから一年

市民ライターの伊木です。
兵庫県北部にあるたったひとつの映画館【豊岡劇場】でスタッフをしています。
 
豊岡市の取り組み「MIR豊岡」に市民ライターとして少しだけ関わらせていただくことで、どんな人たちが何をやって、何が起きているのかを個人的な目線で伝えています。
 
今回は、この1年のまとめとして、今年度の参加ミュージシャン・Keishi Tanakaさんに2020年度を振り返るインタビューをさせていただいた内容をお届けします。
 
前回の記事でKeishiさんにインタビューしてからちょうど1年。
感染症が猛威をふるったことで内容の再考を余儀なくされた期間。
 
それでも前を向いて、できることをトライし続けたMIR豊岡関係者の中心にいたKeishiさんへのインタビュー。ほぼ全文を文字起こししたので長いですが、Keishiさんのこと、そしてMIR豊岡という試みを知ってもらえると思います。
 
はじまりはじまり

Keishi Tanakaインタビュー全文

左:僕 右:Keishiさん 場所は豊岡劇場ロビー。

伊木:今日はよろしくお願いします。

Keishi:よろしくお願いします。

伊木:ひとまず『AVENUE EXHIBITION 豊岡編』お疲れ様でした。AVENUE EXHIBITIONについては後ほど聞かせていただくとして、まずKeishiさんとお会いしたのが去年の3月20日に開催されたライブ配信(MUSICIAN IN RESIDENCE Acoustic live & Talk session)以来で、ちょうど1年ぶりですね。あの時、ちょうど蔡さん(一人目のMIR豊岡の参加ミュージシャン)からのバトンタッチ期間として豊岡に来ていただいてたと思うんですけど、この1年間をザクっと振り返るといかがでしたか。

Keishi:「早かった」「遅かった」も曖昧だし、MIR豊岡云々というより、ちょっとイレギュラーで大変な年でしたね、みんなと一緒です。MIR豊岡に関しては、1年前の2月・3月に当初やろうとしてたことがほとんど出来てなくて。でもそれが出来ないから、思いついたこともあるんですよ、今年のいろんなことが。もちろん、普通にやれたらもっと良かったのかもしれないけど、逆に今回のこと(今年の3月19〜21日に開催した『AVENUE EXHIBITION 豊岡編』や、高校生との企画など)に関しても、「やれたな」っていう実感もあるし。

伊木:僕もMIR豊岡の話をお聞きするのが1年ぶりなので、その間に起きていたことを事前に確認しておこうかなとも思ったんですけど、直接Keishiさんにお伺いした方が早いなと思って…

Keishi:今回のMIR豊岡は結構わかりにくいかもしれないですね。一言で言えない活動にはなったので、長くなりますけど良いですか?(笑)

伊木:ぜひお願いします!(笑)

Keishi:MIR豊岡に関係なく、自分の『AVENUE』という作品をリリースすることは東京で動いていたので、そこを絡ませられないかなと思って。実はホテル 豊岡1925(以下「1925」)の床を覚えていて、『AVENUE』の「通り」という意味にも合うなと。それで昨年の秋に、『AVENUE』のジャケットやミュージックビデオを1925で撮るところからMIR豊岡も再び動き出しました。『AVENUE』は12月にリリースになってるんですが、改めて3月にレコードでシングルカットをすることを決めて、その過程を音楽業界に興味ある高校生に「音楽ってどうやって世の中に出るのか」を見せようと。集まってくれてた人たちに改めて何に興味あるかを聞いて、「ラジオ」「デザイン」「映像」「レーベル」っていう4つのセクションに分けて始まったのが今回の企画です。「豊岡というまちがレーベル(レコード会社)になる」ということです。結構そのアイデアはとても面白いなと思っていて、例えばもう一本ミュージックビデオを作るときに映像セクションの高校生に一緒に考えてもらったりとか。デザインも『AVENUE EXHIBITION 豊岡編』だけですが高校生のデザインを並べてみるとか。実際に自分のデザインしたものがTシャツになって売られていることをどう思うかとか。売れる売れないも含め、売れなかったら「じゃあ、何が足りなかったの」とか。あとクライアントというか、相手がいることなんで、ただ自分の好きなデザインをするわけでもない、それってどういうことなんだろうみたいな。その辺がうっすら感じてもらえたら良いなっていう活動でした。

伊木:ありがとうございます。やってみてどうですか?

Keishi:これがね、難しくて。実際に「これ、成功してんのかな」ってのが最近まであったんですよ。分かんなくて。でも今回、1925で自分の展示をやって、高校生が来て、自分の歌に反応してくれたりして、終わってみて初めて「あ、なんかやれたかもな」っていう実感がちょっとあるっていうくらいなんですよ。あとは参加した高校生にしかわからないこともありますし。

伊木:そうなんですね。僕も今のKeishiさんの話を聞いて「あ、そうだったんだ」っていう部分もありましたね。

この厳しい環境の中で“高校生”というキーワードだからこそ出来たこと

コロナウイルス感染拡大により活動が難しい状況での“高校生”というキーワードを語るKeishiさん

伊木:今の情勢の影響もありつつ、ここ1ヶ月くらいでやっと今年度のMIR豊岡が表面化し始めたなっていう実感はあって。高校生の歌いはじめからKeishiさんのミュージックビデオに繋がる動画もすごく印象的でしたね。

Keishi:あの子が「歌手になりたい」って直接言ってくれたんですよ。みんながいる前で。10人以上の高校生と僕がいる前で、僕が初めましての挨拶している時に言ってくれたのが印象的で。まずみんながいる前で「歌手になりたい」って言う勇気みたいな。「僕が歌手にしてあげるよ」とは思わないけど、言ってくれたことによって何かが始まっていくことはあるだろうし。結局違う道に行くとしても、何かきっかけがそこで生まれると良いかなとは思っています。

伊木:そうですよね。1年前のインタビュー時から“高校生”って言うキーワードはお聞きしてて、そこからどうやって企画を練っていったんだろうなとは思っていました。

Keishi:そうですね、やっぱりコロナで会えなくなった時の『MIR喫茶』というのがポイントだったし、「出来ないことがあった」というのも結構大きかったですね。ライブができなかった反動で進んでいったので。高校生には「制限された状況下で、それでもやる」ということを感じてもらえたら良いなっていうか。工夫して楽しみを作るっていう。それはMIR豊岡以外でもやってて。その感覚みたいなものをMIR豊岡でも落としこめたら良いなと思ってたので、言語化されたものじゃないところで、高校生に感じてもらえたら良いなとも思ってます。

苦難の時期を越え、やっと成果が見えた『AVENUE EXHIBITION 豊岡編』

Keishiさん × 土井コマキさん × 高校生のトークセッション@1925

伊木:『AVENUE EXHIBITION』についてですが、この企画は音楽の活動とは少し違って、アートプロダクトの展示・販売という方向になってますよね。これはKeishiさんが以前からやりたいことのひとつだったんでしょうか。

Keishi:いえ、コロナきっかけでライブがなくなって思いついたことですね。そういう意味では以前からやりたかったっていうものではなくて。ただ、『AVENUE』は1曲に対してひとつの作家でデザインを作ってグッズに落とし込むっていうことをやってたんで、それを展示したいなっていうのは思ってました。

伊木:グッズが先だったんですね。

Keishi:1曲に対して1個のデザインていうのがやりたかったんですよ。デザインをもらったものに対して11月くらいからグッズを販売し始め、12月に東京だけでリリースパーティーをやったんですけど、そのタイミングにはある程度数が揃ってきて、これはここだけで終わらせるよりは展示もしたいと。あと、やっぱり写真が余るじゃないですか。これはコロナはあんまり関係ないんですけど、アーティスト写真やジャケットって使われなかった写真が何百枚ってあるから、それを紙にしたり、アクリルの装丁で飾ったりして。それは1925の写真が良かったからっていうのもあるんですよ。いい写真が多かったので、もったいないなっていうのも動機ですね。

伊木:初めて『AVENUE』のジャケット写真を見た時に「カッコイイ」と思ってて、後から1925って知ったんですよ。びっくりしました。

Keishi:豊岡でそう言う人が多かったのは意外でした。1925がなかったら撮影も豊岡でしてなかったかもしれない。どこでも良かったわけでもないので。偶然が重なってる部分もありますよね。

伊木:『AVENUE EXHIBITION 豊岡編』をやってみていかがでしたか。

Keishi:やっとMIR豊岡の成果が見えたという感じです。過程の中では正直成果が見えてなかった…成果をあまり感じられる活動ではなかったので。『AVENUE EXHIBITION 豊岡編』の展示で大なり小なり、みんな実感できてると思う。高校生も含め。自分が作ったTシャツが飾ってあるんですから。

伊木:土井コマキさんと高校生とのトークセッションもあったんですよね。

Keishi:そう、トークも土井コマキさんがいたっていうのもあるんですけど、すごく話せた感じがしてて。言葉が出てくるってことはまとまったということだと思うんですよ。そして同時に次のテーマも見えてきました。MIR豊岡がこの一年何をやっているのかが伊木さんに届いてなかったことも含め、豊岡の人と「やった達成感」みたいなものをちゃんと共有するというか。それは僕がどこまでできるか分からないけど、僕や高校生を含めた関係者全員が、MIR豊岡への想いを街の人に喋っていけば広まっていく感覚があって。次の一年も…。あ、次の一年もMIR豊岡の参加継続が決まったんですよ、僕。

伊木:え、そうなんですね!改めてもう一年よろしくお願いします。

Keishi:よろしくお願いします。あと一年、次何しようかなというのをまた考えていかないとなって感じです。

伊木:トークセッションの内容ってどこかで流れたりするんですか?

Keishi:4/12にラジオ(FM802)で流れます。

伊木:楽しみにしておきます。今のKeishiさんの話を聞いてさらに聞きたくなりました。

【MIR豊岡】をパッと分かるようなものにしたい

3月21日に開催されたKeishiさんのミニライブ@1925

伊木:この一年、MIR豊岡に関わってきて、この企画をどう捉えてますか。

Keishi:参加してみないと分からないことだなと思ってて。一年前に始まって、コロナもあったけどやりたいこと考えてやってきて。さっきから繰り返しになるけど、達成感がある状態で2020年度を終われたものの、それを誰かに引き継げるかというところまでまだいってなくて。高校生というテーマについてやりつつも、自分の中ではもうちょっとMIR本来の意味を意識しながら滞在していこうかなと思ってて。豊岡という街で滞在ができることに、「やりたいんだけど」って僕に連絡をくれたり手を挙げたりするようになるにはもうちょっと時間がかかるというか。それこそMIR豊岡をもっと言語化したりとか、もっとパッと分かるようなものにしたい。それがもうちょっと形になれば、東京とか大阪のミュージシャンにとってすごい夢のある話というか。それをやりたいという想いがありますね。

伊木:高校生とは別のところのMIR豊岡というのは、もう少し根っこの部分ということですか。

Keishi:そうですね。本来の“ミュージシャン・イン・レジデンス”という言葉通りの活動と、“高校生”というテーマの活動と。そこのバランスを考えて、今回もやってはいるんですよ、内容的には。ミュージシャンとして豊岡に滞在してっていうところと、高校生との活動と。これは多分ですけど、市役所の人も満足してくれてるように感じています。じゃあそれを次のバランスというか、次のテーマを考えたいなと。高校生の方は市役所の人も考えてくれると思うんですが、「ミュージシャンが滞在する」というところは僕自身がもうちょっと考えていかないとな、と思ってます。

伊木:次の1年間もKeishiさんの参加が決まったというところも、個人的にはすごく「良かったな」というか嬉しくて。参加ミュージシャンの方と一緒に探っていくことで見えてくる部分が多いのかなと。そんな中で、今バトンタッチしちゃうと蓄積されない部分もあるのでは、とは感じてました。

Keishi:そうですね。意識も共有できていて、豊岡との関係はとても良いのかなと。(豊岡市側が)バトン渡して欲しくて、僕がバトン渡したくなくて…っていう状況より全然いい、というかむしろ最高みたいな。(笑)

伊木:改めてKeishiさんと次の1年で何が作れるのか考えると楽しみです。

MIR豊岡のこれから

『AVENUE EXHIBITION 豊岡編』会場にはたくさんの人が訪れていました

伊木:最後に、豊岡の高校生とまちの人たちにそれぞれメッセージをお願いします。

Keishi:まず高校生に対して。すごくやってくれたし、お疲れ様ですというのが最初にありつつ、今回は僕のためにやった感じもあると思うんですよ。昨日感じたのは“MIR豊岡”とか“Keishi Tanaka”に対して「参加してTシャツ作りました」で終わってて。それはそれでいいことなんだけど、今回の経験をもっと自分のこととして広めていいんだよと伝えてあげたかったなと思っていて。例えばプロのレーベルスタッフとかもそうなんですけど、自分が「このミュージシャンを売りたい」と思ってやるわけじゃないですか。それってみんな自分事なんですよね。その感覚を、すごく難しいけどせっかくもう一年続くからこそ伝えたいです。
そして、まちの人たちとの次のテーマとしては「やったことをどう共有するか」というところに本質があると思うんですよ。僕が発信してることって僕のこと知らない人にはなかなか届かなくって。「Keishiくんが今、豊岡って街でなんかやってるぞ」ってMIR豊岡を調べて「良い取り組みしてますね」って言われるんですよ。なので、そこは僕が引き続きやるんですが、ほんとはもっと豊岡のまだ見ぬ人にも知ってほしいってのがあります。豊岡の人にMIR豊岡っていうものがもうちょっと認知されれば、今後の楽しいことも共有できるので。この記事もそうだけど、興味ある人はこの記事に辿り着くと思うんですけど、そうじゃない人にも届いてほしいなと思っているので。なんかいい方法ないかなというのは考えてるけれど、今はこの記事を読んでもらわないとどうにもならないところにいる。興味のある人の目や耳に触れたときに、「じゃあ、他の人に広めてみようかな」と思えるような内容と工夫が必要かなと思います。とりあえず、これ読んでくれた人は広めてほしい。結果、現状は人任せという。(笑)

伊木:次への課題的なところでもありますね。

Keishi:課題というか、やったからこそ思えることでもあるし、それこそが「成果」でもあるのかなと思いますね。ネガティブに反省とかではなくて、ここまで成果出したから次のステップに行く、みたいな。別に何も悲観することもないだろうし「デザインかっこいいの作って、映像撮って、歌を歌って、素晴らしいじゃん」とも思うし。だから高校生にも自信を持ってもらいたいなと。それをもっと言っていいんだよっていう。

伊木:なるほど。次の1年間でこの企画に巻き込まれるまだ見ぬ人たちを増やしたいですね。楽しみです。今日は色々聞かせてもらってありがとうございました。

Keishi:ありがとうございました。

見えたものと、まだ見えぬもの

『AVENUE  EXHIBITION 豊岡編』2日目の夜、レーベルとしてのMIR豊岡からリリースしたKeishiさんのアナログ盤リリース記念イベントがとゞ兵で開催された。

仕事終わりにイベントが終了した会場に足を運ぶと、そこにはまちの人たちの中に自然に溶け込むKeishiさんがいた。いや逆かもしれない。Keishiさんと自然に話す、まちの人たちがいた。

それを見て「あ、これって…」と。

僕がこれまで『拝啓、この試みによって人生が変わるまだ見ぬ人たちへ』という記事を書いていたときに思い描いていた未来とは少し違うリアルがそこにはあった。

良し悪しはまだ分からない。けれど決して悪い方向ではないように思う。それはその時、僕の目の前で話しているKeishiさんとまちの人たちの表情からも感じ取れる。

プロのミュージシャン(アーティスト)が滞在しながら地域と溶け込んで生まれる変化。そのすべてがMIR豊岡であり、それが人の変化、まちの変化に波及していく。そんなさらなる豊岡の未来をぼんやりと妄想していた。

この状況下で決してアクションを、足を止めないKeishiさん、そしてMIR豊岡の今後の展開を引き続き市民目線でお伝えしたいと思っています。

この試みによって人生が変わるまだ見ぬ人たちの続報をお楽しみに。

この記事を書いた人

伊木翔

兵庫県朝来市生まれ、同県豊岡市在住。大学中退後、地元にUターン。フリーターとニートを繰り返しながら友人たちと地域密着型の野外音楽イベントを立ち上げ、主催。その後、閉館した豊岡市の小さな映画館〈豊岡劇場〉の復活に携わる。2014年の復活した劇場にて現場責任者を務め、2022年に再度休館した際に退職。現在はフリーランスとして、いくつかの事業・イベント運営に携わっている。

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