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豊岡の教育っておもしろい① ~演劇ワークショップから見えてきた「数値には現れない大切な力」~

双子を育てる中で感じたそれぞれの違い

私の子どもは、男女の双子です。

小さい頃から同じものを食べて、同じように遊び、同じように声をかけてきました。

できるだけ同じように育ててきたつもりです。

 

▲抱っこだっていつも一緒

でも、成長するにつれて二人には少しずつ違いが見えてきました。

物事への向き合い方。
うまくいかないときの反応。
得意なことや、時間をかけて伸びていくところ。

小学校1年生になる頃にはそういう違いがずいぶんはっきりしてきて、「同じように育てていても、子どもにはそれぞれ違う力や向き合い方があるんだな」と感じるようになりました。

たとえば一人は最初からすっとできることが多いけれど、少しつまずくと気持ちが止まってしまうことがある。

もう一人は、すぐに形にはならなくても、自分のペースで最後までやろうとする。

どちらがいいとか、どちらが正しいとかではなく、二人はそれぞれ違う力を持っていて、違う育ち方をしている。

そんなふうに感じる場面が、少しずつ増えていきました。

「非認知能力」という言葉との出会い

そんな時に出会ったのが「非認知能力」という言葉でした。

非認知能力は、テストの点数や運動記録のように数字で表れる力とは違い、意欲や粘り強さ、人と関わる力、自分の気持ちをコントロールする力などを指すそうです。

それまで漠然と「二人は違う」と感じていたことにも、さまざまな力の違いが関わっているのかもしれない。
そう考えると、私が二人に感じていた違いと重なる部分が、少し腑に落ちる気がしました。

そしてそんな時に、豊岡市の小学校で子どもたちの非認知能力に働きかける授業として「演劇ワークショップ」が行われていると耳にしました。

「非認知能力とは何なのか」
「演劇ワークショップとはどんな授業なのか」

もしかしたら、双子それぞれの違いを考えるヒントになるかもしれない。

そう思い、今回取材をお願いしました。

 

豊岡市で行われている「演劇ワークショップ」

皆さんは、豊岡市の小学校で行われている「演劇ワークショップ」をご存知でしょうか。

これは、豊岡市教育委員会が市内すべての小学校で行っている教育活動です。

対象は小学1年生と2年生。
1年生は年間3回、2年生は年間2回行われ、授業には学校の先生ではなく、専門のファシリテーターが入ります。

演劇を通して「やり抜く力」「自制心」「他者と関わる力」など、子どもたちが社会の中で生きていくための力に働きかけることを目的とした授業です。

授業ではファシリテーターの進行のもと、子どもたちがグループで一つの演劇の場面を考えたり、それぞれ役割を持って表現したりします。

その中で、友達と相談すること、相手の動きや気持ちを受け取ること、自分の考えを出しながら一つの場面をつくることを体験していきます。

演劇に対して持っていた、少しの距離感

「演劇」と聞くと、少し身構えてしまう人もいるかもしれません。

実を言うと、私もその一人でした。

東京にいた頃、舞台俳優を目指していた友人に誘われて演劇を見に行ったことがあります。

けれど、そのときの作品は私には少し分かりづらく、それ以来「演劇」というジャンルに苦手な印象が残っていました。

だから豊岡に来てから「演劇のまち」という言葉を耳にするようになり、少し距離を感じ、
小学校で演劇ワークショップをやっていると知ったときは「なぜ小学校で演劇なんだろう」というのが、正直な気持ちでした。

私にとって演劇ワークショップは、子どもたちに演劇を教える時間か、発表の練習のようなもの。

そのくらいの認識だったのです。

見えてきた「非認知能力」の輪郭

しかし実際に取材を進める中で、そのイメージは少しずつ変わっていきました。

学校での演劇ワークショップは演劇そのものを学ぶことが目的ではありません。

子どもたちは、一つの場面を作っていく中で、友達と相談したり、役割を考えたり、体や言葉を使って表現し、
その過程を通して、非認知能力に働きかけていく「教育」だったのです。

取材の中で私は、学校生活のいろいろな場面を思い浮かべていました。

友達の前で、自分の考えを話すこと。
思い通りにいかない時に、感情をぶつけるのではなく、相手と向き合うこと。
一人では難しいことも、「友達と一緒ならやってみよう」と思えること。

どれも特別なことではなく、毎日の学校生活の中にあることばかりで、そしてそれは、学校の中だけで終わるものではなく、大人になって社会に出てからもずっと必要になる力なのだと思いました。

 

▲「授業」というより、子どもたちが自然と参加していく時間でした

今回の取材を通して私もまた、親としての学校への見方が少し変わっていきました。

学校は勉強を教えてもらう場所だと思っていたけれど、子どもたちは学校で友達と関わり、集団の中で過ごしながら、社会の中で生きていくための力も少しずつ身につけている。

そして豊岡市は、そうした力を「自然に身につくもの」として任せきりにするのではなく、教育の中で意識して育てようとしている。

そこに、「演劇という授業」という取り組みの大きな意味があるのだと思いました。

なぜ演劇なのか

ではなぜ演劇で非認知能力に働きかけるのか。

最初はやっぱり、そこが一番よく分かりませんでした。

取材をしながら少しずつ見えてきたのは、豐岡市が見ているのは「演劇の上手さ」ではなく「一つの場面をみんなでつくる」その過程だということ。

「場面」は一人では成立しません。

たとえば、一人の子が何かを表現しても、周りがそれを受け取らなければ、その場面は止まってしまう。

相手がどう動くのか。
どんな気持ちでいるのか。
それを受け取りながら、自分はどう関わるのかを考える。

やり取りの中で、自然と「他者と関わる力」が必要になっていきます。

▲「これどうする?」「こうしてみる?」子どもたちで相談しながら一つの場面を作っていきます

また、自分のやりたいことだけを押し通そうとすると場面はうまくいきません。

周りとのバランスを見ながら、自分の動き方を考える。

その中で「自制心」も試されていく。

さらに子どもたちだけで場面を考え、発表まで持っていく過程は決して簡単ではありません。

うまくいかないこともあるし、途中で止まってしまうこともある。

それでも仲間と顔を見合わせながら、もう一度やってみる。

その経験が「やり抜く力」につながっていく。

ここまで聞いてようやく「だから演劇なんだ」と腑に落ちました。

演劇を教えたいのではなく、演劇という方法を使って子どもたちの力に働きかけている。

演劇は主語ではなく、あくまで子どもの力を引き出して伸ばすための「手段」だったのです。

▲豊岡市が演劇ワークショップで大切にしている「やりぬく力」「自制心」「他者とかかわる力」

豊岡の教育って、おもしろいのかもしれない

今回の取材を通して私の中で一番大きかったのは、豊岡市の教育への見え方が変わったことでした。

教育とは、テストの点数をとるための学力を伸ばすことだけではない。

子どもたちが、この先の長い人生を生きていくための力を育てることにも目を向けている。

そのことに、私はすごく心を動かされました。

そして、こうした教育に市全体で取り組んでいる地域は、多くないということも知りました。

演劇という方法を使いながら、子どもたちの力に働きかけようとしている。

そうした教育を学校の中で実際に行っていることは、やはり特別なことなのだと思います。

実は、私が埼玉から豊岡に移住することを考えたとき、子どもの教育について少し不安がありました。

選択肢が多い環境から離れることで、子どもたちにとっての学びがどう変わるのか、正直なところ分からなかったからです。

でも取材後は、私は都会にあって豊岡にないものばかりを見ていたのかもしれない、と思うようになりました。

豊岡には、都会にはなかった学びの形がある。

目に見える結果だけではなく、その過程の中で生まれる関わりや経験を大切にしている教育がある。

それを知ったことで、豊岡で子どもたちを育てている今の暮らしを、以前よりも少し大切に思えるようになりました。

今では、この場所で子育てができていることを、よかったと感じています。

 

次の記事では、実際に見学した演劇ワークショップの様子を書いてみたいと思います。

この記事を書いた人

松原 寛子

豊岡市出身。
東京で歌手・ボイストレーナー・MCとして活動していた頃に、お笑い芸人だった夫と出会いました。
その後、双子を出産し、都会での子育てに奮闘する中で「やっぱり自然が身近な場所で子どもを育てたい」と思うように。

2024年5月、家族で「妻ターン」として豊岡へ帰郷。
久しぶりの地元での暮らしは、懐かしさと新しい発見の連続です。

このコラムでは、都会と豊岡の子育て環境の違いや、家族と過ごす中で感じた“豊岡での暮らしの豊かさ”を、等身大の言葉で綴っていきます。

誰かの背中をそっと押せるような、そんな記事を目指していきたいです。

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