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(株)オフテクスマニュファクチャリング 加田俊二さん 〜豊岡から世界へ。世界を舞台に挑戦を続ける生産工場の若者に密着!〜

加田 俊二(かだ しゅんじ)さん 32歳
株式会社オフテクスマニュファクチャリング
Uターンした年齢 21歳

こんにちは。飛んでるローカル豊岡で市民ライターをしている進藤大資です。豊岡市城崎町出身。大学卒業後は東京へ移住し2017年にUターン。現在は家業である「カーテン工房」(窓周り専門店)と城崎温泉の一棟貸し実家宿「きのいえ」を営んでいます。

取材に伺ったのは、コンタクトレンズケア用品・点眼薬の研究開発型メーカーとして、眼科・コンタクトレンズ専門店の販売ルートシェアNo.1を誇るオフテクスグループ、その内の1社で豊岡市内に拠点を構える株式会社オフテクスマニュファクチャリングです。コンタクトレンズケア事業では全国的な知名度があるメーカーが豊岡で生産工場を1988年に設立し、全国各地そして海外へ出荷されています。今回は、その株式会社オフテクスマニュファクチャリングで働く加田俊二さんにお話を伺いました。

(事業所内の記念館。歴代のコンタクトレンズケア用品が並んでいます。)

 

(記念館入口にある創業者「米田豊秋」氏のパネル。米田氏は青年期の6年間、竹野町に住まわれていたそうです。)

 

──加田さん、本日はよろしくお願いいたします!加田さんは豊岡市の出身だとお聞きしました。どちらにお住まいですか?
加田
私は城崎町出身で「飯谷(はんだに)」というところにある実家に住んでいます。
──まさか同じ城崎町民だったとは(笑)いつまで地元に住んでおられたのですか?
加田
高校生まで地元にいまして大学進学とともに大阪へ移住しました。大学では主に経済学を学び、21歳の時にUターンした流れです。
──Uターンしようと思ったきっかけはなんだったのですか?
加田
実は大学を中退して地元へ帰ってきたんです。大学生の時に初めてひとり暮らしを始めたのですが、その中でふと「自分はなにをしているのだろう…」という虚無感を感じるようになりました。大学生活でやりたいことが見つからない中でそういった気持ちが大きくなり、それならば地元に帰って目標となるような仕事を探したいと感じ、Uターンすることを決意しました。
──なるほど。Uターン後から株式会社オフテクスマニュファクチャリングに入社するまでの経緯を教えてください。
加田
最初は同じ大学に進学した同級生からの紹介で、豊岡市気比にある水産関係の仕事に就職しました。5年間ほど勤めたんですが、体力仕事でだんだんと体がついてこなくなり転職を考えるようになりました。そのタイミングで城崎の同級生に相談したところ「株式会社オフテクスが求人を出しているから一度応募してみたら?」という提案を受けました。調べていくうちに興味が沸いて応募し、27歳の時に入社しました。

(出社時には制服に着替え、マスクと帽子を着用。検温・手洗い・アルコール消毒をし、全身にエアシャワーを浴びた後に工場内への入室が許可されます。)

 

(加田さんの作業場である無菌充填室では、さらに専用の作業着に着替え、ゴーグルと手袋を着用するなど、徹底された衛生管理がなされています。)

 

──前職の水産関係とは全く違う業種ですが、実際働かれてみていかがですか?
加田
おっしゃる通り全く違う業種なので最初は不安でした。しかし、職場で働く皆さんがとても教育熱心で困ったことがあれば上司や同僚が助けてくれるような環境だったのですぐに周りと溶け込むことができました。入社当時に上司から教わった言葉があります。それは「分からないことをそのまま放置しない」ということ。分からないままで進んでしまうとクレームの元となったり、商品の品質を損なう危険性があります。そういった背景から職場では聞きづらいという雰囲気はないですし、自分も進んで困っている人の手助けをするように心掛けています。
──加田さんは普段、どのようなお仕事をされているのですか?
加田
「上工程」と呼ばれる作業で、主ににコンタクトレンズの消毒・洗浄液となる溶剤をボトルに充填していく仕事をしています。この充填されたボトルが「包装工程(下工程)」へと進み、機械でラベルを巻き、小箱に入れられ最後は梱包して全国へ出荷されていきます。
──仕事のやりがい、もしくは大変だったことがあれば教えてください。
加田
大変だったことは機械の扱い方を覚えることです。人間相手ではないからこそ難しい部分があり、慣れるまでに時間がかかりましたね。ただどの工程にも「手順書」というものがあり、それを見れば作業内容がすぐに確認できるようになっています。「手順書」を確認しても分からないことがあれば、上司や同僚に聞くと親切に教えてくれます。年数が経つにつれて機械の扱いにも慣れてきて、今となってはとてもやりがいのある仕事です。

(工場内にはクリーンルームが設置され、無菌状態で次々とボトルに液が充填されています。)

 

そのほかにも定期的に教育訓練が行われているそうで、従業員に対する教育制度はとてもしっかりとしているように見受けられました。勤勉で学習意欲の高い加田さんは、できることが日々増えていくことに達成感や充実感を感じているそうです。

──仕事がお休みの日は何をして過ごされていますか?
加田
釣りに出かけたりしています。最近は気比の浜まで行ってアジングをし、釣れたら家に持ち帰り調理して食べるのが楽しみです!あとゴルフも始めて、同郷の仲間や職場の方と一緒にゴルフをしています。まだ全然ヘタっぴですけどね(笑)
──この地域ならではの楽しみ方ですね!ご両親も加田さんがUターンされて喜ばれているのではないですか?
加田
そうですね。私は三兄弟の真ん中ですが、私以外は故郷から出てしまっているので喜んでくれています。また、実家が田んぼや畑をしているのでそれを継いでくれる人が帰ってくれたことに安心したみたいです。
──Uターンされてから、豊岡の印象は変わりましたか?
加田
変わりましたね。豊岡は「バランスがとれたちょうど良いまち」という印象を持っています。それなりに物が集まっているし、少し足をのばせば海・山・川など、ほどよくレジャーとして遊ぶ場所がある。都会すぎもしないし、田舎すぎもしないといったイメージですかね。Uターンしてから行動範囲が広がったことによって、いろんな魅力や楽しみ方を感じるようになりました。あと良い意味で世間が狭いので、面識のない方とおしゃべりしても「〇〇さんところの子どもか!」「〇〇さんのこと、わたしも知ってる!」みたいな共通の話題が生まれやすいので、人間関係も構築しやすい環境です。

(主力商品の一つである「cleadew(クリアデュー)ハイドロ:ワンステップ」)

 

取材に同席していただいた管理部総務課で採用担当も兼任されている廣井(ひろい)さんにもお話を伺いました。

──職場での加田さんの印象はいかがですか?
廣井
仕事に対して前向きに取り組んでいますし、周りの従業員に対してとても面倒見が良いという声をよく聞いています。みんなから頼られる存在ですね。
──福利厚生はどのようなものがありますか?
廣井
産休・育休はもちろんのこと、時短勤務や介護休暇も制度として整っています。小学校3年生の3月末まで時短勤務ができる制度がありますので、結婚や出産で退職する従業員はいませんし、復帰率は100%です。また、デスクワークの社員については在宅勤務を行い、午前在宅、午後出勤で働いている従業員もいます。家事や育児と仕事を両立しながら、末永く働ける職場環境にあります。工場の休憩室は男女に分かれており、疲れた体を横にしてゴロ寝できる畳スペースもあり、リラックスして休むこともできます。電子レンジや電子ケトルがあり、深夜の勤務休憩時に軽食をとることもできるよう労働環境を整えています。そのほかには、奨学金返済支援制度も新たにスタートしました。

(工場の休憩室。畳の上でゆっくりとした時間を過ごせそうですね。)

 

──とても手厚い待遇ですね!女性にも優しい職場環境なのだと感じました。
加田
あと社員食堂が常設されているのが私は嬉しいです。そこでは300円で食事をとることができるのですごく助かっています。
──300円!?めちゃくちゃ安いですね!
廣井
加田が言う通り、社員食堂は従業員にとても満足度の高い制度です。専属スタッフが調理しており、300円で栄養価の高い出来立ての食事を提供しています。

(社員食堂で談笑する加田さん。美味しい食事に話も弾みます。)

 

──どういう方に応募してもらいたいですか?
廣井
豊岡市が「小さな世界都市、豊岡」というスローガンを掲げているのと同様に、弊社も「世界の眼科医療に貢献する」ことを掲げ、豊岡から世界に沢山の製品を送り出しています。豊岡工場で高品質の製品を生産することによって、一人ひとりの眼を守り、“見る”楽しさを通じて、よりあざやかな未来に貢献していきます。このような思いに共感し、私たちと一緒に医薬品工場で働いてみたい方や海外で仕事をしてみたい方、何か新しいことにチャレンジしてみたい方など、まじめで前向きな気持ちの方に少しでも興味が沸いたらまずは応募してもらいたいですね。
──最後にこれから豊岡でUターンや移住、就職活動をされる方に向けてメッセージをお願いします。
廣井
田舎には仕事がないというイメージがあったり、都会に出たけどいろんな事情で帰りたい、帰りたいけど帰ってもなあ…と思う人もいらっしゃるかと思います。中には地元に戻ることに引け目を感じている人がいるかもしれません。弊社のみならず、豊岡市には若者を必要としている企業は沢山ありますし、豊岡市工業会という地域経済をものづくりの現場から元気にしていきたいと願う企業の集まりもあります。加田のようにのびのび、生き生き働いて生活している人もいるということを知ってもらえたら嬉しいです。
加田
Uターンした私の経験から言うと、人間関係がうまくいったからこそ今があると思っていて、少しずつでも前向きに自分から行動することが必要なんだと思います。Uターンするというのは何らかの事情があって帰ってくる方もいると思うのですが、そこでウジウジしていても状況は変わらないですし、一歩踏み出す勇気が大事だったなと振り返ってみて思いました。というのも私自身、友人に相談したことで仕事が決まったり、オフテクスに応募するきっかけとなったからです。きっかけは何から生まれるのか分からないからこそ、いろんなことに挑戦してみる気持ちが重要なんだと思います。

【取材を終えて】

大学在学途中でUターンという道を選んだ加田さんですが、それをきっかけに何事にも前向きに取り組もうとされている姿勢がヒシヒシと伝わってくる取材でした。結果多くの人に支えられ、自分のポジションを掴んでいかれたのだと思います。お話の中で「自分が変わることで周りの景色が変わった」ということを加田さんは語っていました。田舎に対しての偏見や負い目を感じることに意識を集中させるのではなく、加田さんのように見る視点を変えて、前向きに一歩ずづ行動することが仕事や暮らしに彩りを添えていくのだと感じています。

この記事を書いた人

進藤 大資

城崎温泉出身。
大学進学後、一度は都会に移住したものの、2017年に地元へUターン。
豊岡市内で、家業である「カーテン工房」(窓周り専門店)に務める傍ら、2019年度より始まった豊岡市管理のビジネス相談窓口「IPPO TOYOOKA」にて、起業相談を重ねる。
その後2020年1月より、夢であった城崎温泉で一棟貸しの宿泊施設「きのいえ」をオープンすることができました。
演劇・アート・レジャー・グルメ、そして何より魅力的な人達がたくさん集まる豊岡市。
めまぐるしく変化していく情勢を楽しみながら毎日を過ごしています!

http://curtainkobo.com/

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