コニー株式会社 中村 侑生さん ~人間味が反映されるところがかばん作りの良さ~

中村 侑生(31歳)
コニー株式会社 (http://www.cony.ne.jp/
Uターンした年齢 24歳

人間味が反映されるところが
かばん作りの良さだとも思います

1975年創業のコニー株式会社は、鞄や袋物のOEM生産を主としつつ、現在ではオリジナル・ブランドも展開。2017年にオープンしたオリジナル・ブランドCREEZANの直営店である、CREEZAN(クリーザン)城崎本店は、美味しいコーヒーやバーガーがいただけるカフェを併設し、湯めぐり客にも人気のスポットとなっている。
「自慢は主力従業員の年齢が若いこと」と話すのは西田正樹社長だ。「若くしないと若い人が入ってきにくいだろうと思っています」。また、Iターン、Uターン人材にも期待をかけている。「冗談で、47都道府県集めたいなと言っています」と笑う社長だが、実際コニーでは秋田、山形、新潟、茨城、福島、広島、長崎、沖縄….各地からの人材を登用している。
「こうなったきっかけはふたつあります。一つは弊社部長が文化服装学院で長年講師をしており、毎年卒業生を採用していたこと。もう一つは、ホームページ(HP)内にエントリーシートを掲載したこと。豊岡以外に住む、ものづくりがしたい、職人になりたいという人がHPを見てくれているようです」。
そんな西田社長について「会社を家族に例えると、社長は父親であると同時に末っ子(笑)。家長としてどっしり構えたところもありますが、好き放題してはしゃいでいる社長もいるんです」と話してくれた中村侑生さんは、豊岡出身のUターン経験者だ。

──中村さんは、もともと豊岡のご出身ですね。
中村
そうです。高校までは豊岡で、大学で奈良に出て、就職は兵庫県の小野市でした。全国の自治体が開催するマラソン大会の運営だったりタイムを計測する仕事です。週末は各地のレースに行く、平日はレースの準備をする、そんな働き方でした。2年弱働きました。
──その後、豊岡へ帰ってこられたんですね。
中村
はい。最初の1年市内で働いたんですけど、その間に色々と考えるとこもあり、今はかばん業界にいます。
──豊岡に戻ってくるきっかけはあったのですか?
中村
特にないんです。帰ってくる理由もなければ、帰ってこない理由もなかった。ゆくゆくは地元に貢献したいという思いがありました。
──子供の頃から“豊岡はかばんの町だ”という意識はありましたか?
中村
今になって思えば、近所にかばんを作っている小さな会社が結構あったんですよね。小学校4年生の時に初めて鞄団地の見学に来て、感想文を書いたりしましたが、強く意識したことはなかったです。町中の看板に“かばんの町、豊岡”と書いてあっても、実際どんな会社があってどんなことをしているのかはよく知りませんでしたから。
──他にも中途採用をしている会社はあったと思うのですが、コニーに決めたのはなぜですか?
中村
一口にかばん屋さんと言っても、メーカーだけだったり卸しだけだったり、色々なんですね。私は、間近でかばんの製造も見たかったし、営業や卸しにも興味があったので色々なことができる会社がいいな、と思っていました。そうして友達に紹介してもらったりして見つけた中の一つが、コニーだったんです。
──実際にかばん業界で働き始めてみて、豊岡のかばんやかばん作りに対してどのような思いを持つようになりましたか?
中村
豊岡は、かばんの出荷数は多いです。そんな中、自社のオリジナル・ブランドが1番いいと思えるし、だからこそこれを全国、世界に向けて紹介していきたいと思っています。
──同じ会社やかばん業界で働く人たちと、豊岡鞄の将来を話すこともありますか?
中村
会社は同世代の社員が多くて、中でも特に仲のいい6人くらいがいます。昨日も餅つきをしていたんですけど(笑)。そんな仲間と豊岡鞄の将来を語るという大げさなものではないのですが、どんなかばんが欲しい?といった類の話はよくしますね。そこから、どうしたらもっといいかばんが作れるだろう、効率的に作れるだろうという話になることもあります。みんな部署も違うので、それぞれの視点で、垣根を越えて話が出来るのは貴重だと思います。
──中村さんの現在のお仕事を教えてください。
中村
生産部の主任です。実際にミシンを踏むわけではなく、売り上げ目標に向けて商品と本数と納期を決めて生産メンバーと話し合い、目標を達成するためにどう進めていけばいいかを考えます。裁断を行う外注先などを回って、自社内の生産がスムーズにいくよう段取りもします。私のミシン技術は、まだまだ職人と言えるようなレベルではないです。
──でも、踏むこともあるんですね。
中村
あります。この会社に入社した時は、生産管理として入りました。ミシンを踏むつもりも全くなく。けれど実際に仕事を始めて、生産のメンバーが作っている姿を見ていたら、純粋にかっこいいなと思えたんですよ。それで社長にお願いしました。「一度会社を辞めてでもいいから作ることを学びたい」と。ちょうどアルチザンスクール(かばんを作る職人を育成する機関)ができた時期で。そうしたら「アホか、お前は。2階の生産部でやればいいじゃないか」と言っていただき、午前中は生産部でミシンを練習、午後は本来の生産管理の仕事をするようになりました。それを半年ほど続けましたね。
──実際ミシンを踏んでみて、何か変わりましたか?
中村
お店に行ってかばんを見る時に縫製をチェックしたり、高級なかばんの細部へのこだわりをチェックしたりするようになりました。量産しているかばんを見て「ここは改善の余地あり」とか。そして自分はかばんを買わなくなりましたね。「これだ」と思うものが、1個2個あれば十分だな、と。今では買うためにかばんを見に行くのではなく、「こんなかばんがあるんだ」ということを知るため、アイディアや知識を増やすために見に行っています。
──Iターンの方に豊岡を好きになってもらいたいな、という気持ちはありますか? 美味しいお店を紹介したり、アウトドアに誘ってあげたり、豊岡のいいところをアピールする機会は、ありますか?
中村
お酒を飲まないので、夜ご飯を外で食べる機会は少ないんですけど、自然ということであれば、但馬には四季折々の美しさと遊びがあります。アウトドアの環境が身近にあるのは豊岡の大きな魅力だと思います。都会では1ヵ月前や1週間前に予定を立てなければいけないけれど、ここにいるとその日の朝7時か8時に連絡とって「天気いいから行く?」みたいに気軽に遊びに行けますから。片道30分程度だったら、午後からは仕事や、また別のこともできます。
──そういう地元の魅力は、大人になって初めてわかるようなところもありますよね。
中村
そうですね。車ありきの部分もありますから。
──確かに。では、今、Iターン、Uターンを視野に入れつつ将来を考えている方に、経験者からのアドバイスをお願いしたいのですが、まず、今後、豊岡のかばん産業に若い人は増えていくと思いますか?
中村
増やしていきたいですね。若い人の感性は貴重だと思います。ベテランがいて、若手がいて、受け継がれていくものがかばん作りにはあると思います。コンピュータ・ミシンの導入でオートメーション化されてきているところもありますが、最後は人の手によって完成され、人の目によって確認がなされるものだと思うんです、かばんは。人間味が反映されるところが、かばん作りの良さだとも思います。
──中村さん個人の、将来の目標や夢はありますか?
中村
原点は、ものづくりをしてみたい、ということなんです。うちの社長は、ものづくりはじっくり考えなければいけない、数をこなしていかなければならないという考えなので、わりと会社をオープンに使わせてくれます。話をすれば勤務時間外の夜や休日でも使えます。そこで、今後の自分がやりたいことのスキルアップをすることができるので、本当にかばん作りがしたい、職人になりたいという人にはいい会社だと思います。今僕は財布など革小物の勉強をしているので、将来的にはそういったものを作りたいと思っています。ゼロから自分のアイディアを活かした商品を、自分の手で完璧に作り上げることができて、それがうちの会社のオリジナル・ブランドになったらいいですね。

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飛んでるローカル豊岡

飛んでるローカル豊岡です。

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