神鍋からこんにちは!はじめまして、飯田です。

初めまして。

飛んでるローカル豊岡の新米ライター、飯田勇太郎と申します。

ご覧いただきありがとうございます。

初めましての挨拶と、少し自己紹介をさせていただきます。

神鍋(かんなべ)ってどこ?

神鍋山(かんなべやま)の噴火口

豊岡市は、平成17年に1市5町(豊岡市、城崎町、竹野町、日高町、出石町、但東町)が合併してできたまちです。

豊岡市の西側にある日高町、そしてその日高町の中でも山の方へ車を走らせると、私が住む神鍋高原があります。

豊岡市の中心地からは車で40分くらいかかります。(地元の抜け道を知っている私は30分で到着!)

神鍋高原には、標高469mの神鍋山という山があります。
近畿でもっとも新しい火山で、はっきりとした噴火口が残る珍しい山。
約2万5千年前の火山活動によってできた地形、豊かな土壌や色鮮やかな自然を感じながら神鍋で暮らしています。

そのあたりの紹介は、またおいおい。

 

神鍋での仕事

民宿の玄関

私はその神鍋高原で、「志ん屋(しんや)」という民宿をしています。
私は4代目です。

家族経営の小さな民宿ですが、夏はサッカーやソフトボール、ラグビーなど合宿で訪れる学生さん、冬はスキーやスノーボードに来られるご家族などにご利用いただいています。最近ではそれ以外の目的に、登山をされたり、溶岩流ウォークに来られる方もちらほら。

「私が生まれた場所に、様々な目的でお客様がお越しになる。
そんなお客様に、少しでも神鍋の、日高の、豊岡の魅力を伝えたい」
という思いで、地元の勉強をしています。

 

そんな私は、神戸で大学生活と就職をし、地元に帰ってきました。
Uターンをしたのは7年前で、当時24歳。
その後の数年間は旅行会社でサラリーマンをし、昨年その仕事をやめ、家の仕事をすることとなりました。

私の小さな頃の夢は「志ん屋を継ぐこと」。それは昔から変わらず、小さな頃の文集でもそう書いていますし、友達にも別の夢を語ったことはありません(多分)。

そこまで強く思う理由は、私が物心つく前から両親が「お前は志ん屋を継ぐんだぞ」と洗脳していたから……とは言っていますが、本当は、家の仕事を見て育ち、小さな頃はお客様に遊んでもらい、そんな日常が僕の中で楽しく、憧れだったからなのでしょう。

地元に帰ってくる方には、いろいろな理由があると思います。
都市部の生活に疲れて帰ってくる人や、初めから帰ることを決めていた人。
私はどちらかと言えば後者ですが、やはり都会の暮らしが合わなかったというのもあります。

今はのびのびと暮らしています。
地元の先輩たちに囲まれ、多くのことを教わりながら過ごしています。

 

今の暮らし

ぎこちない笑顔の家族

私は左から3人目。現在31歳です。

ここまで民宿を営んでいた両親と、2年前に神戸から嫁いできた妻、それに昨年12月に生まれ、すでに私よりお客様に人気な娘の5人で暮らしています。

この飛んでるローカル豊岡をご覧になられるみなさまに、私たちの神鍋での日々をお伝えすることができたら、少しでも「いいとこだね」って言ってもらえたら、

とても嬉しく思います。

 

と、最初なので堅苦しく書きましたが、そんな性格でもないので、のんびりと書いていきたいです。

私自身も神鍋の知らないところがたくさんあります。

飛んでるローカル豊岡をご覧のみなさまと、いろいろな発見をしていけたらいいなと思います。

 

よろしくお願いします。

この記事を書いた人

飯田 勇太郎

実家の民宿のあとつぎ。
高校まで豊岡市で過ごし、大学進学とともに神戸へ。大学、就職を経験し、地元である神鍋にUターン。
その後、旅行会社に就職し、30歳を機に家の仕事をつぐ。
趣味は音楽鑑賞、ライブ鑑賞。

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