卒業生の皆さんへ。

飛んでるローカル豊岡の市民ライターになって数ヶ月。

恥ずかしながら、一家揃ってこんなポスターになっています。

なんだこのパンパンの顔は…。これが現実…。

 

そんなことはさて置き、

このお話が来た時、私たちも豊岡への想いを伝えて、こんな素敵なメッセージを作り上げていただきました。

 

熱いメッセージで表現していただきましたねぇ。

 

豊岡市の高校生や、まちの子どもたちが

市外への進学や就職で巣立って行く今こそ、想いを伝えるタイミングなのではと感じました。

 

今さらですが、自己紹介も兼ねて読んでいただければと思っています。

私は豊岡市の中でも、街中で産まれて育ちました。

街中と言っても、今のようにコンビニやファーストフードのチェーン店は幼い頃は一軒もなく、

夜になったら街が真っ暗になる、そんな街中でした。

雑誌やテレビに出てくるものは、今のようにインターネットショップが当たり前になかったので

簡単に手に入る物でもありませんでした。

 

映画なんて当時の豊岡劇場に来るのは、上映開始の数ヶ月後。

田舎の豊岡にげんなりしていたし、

ヤンキーばっかりだし、退屈だし、つまらないと思っていました。

「出て行って、絶対帰って来ないからな」

くらいの気持ちでいました。

高校を卒業するまで、ずっと。

 

私は高校を卒業してから、愛知県の看護学校に進学しました。

親元を離れ、知人が誰一人いない場所での生活は、

慣れるまでは本当に大変で、泣きながら母親に電話かけることもありました。

学校の勉強も、実習も大変でしたが

休みがあれば新幹線に乗って、豊岡へ帰って来ていました。

 

京都駅で乗り換えて、特急電車で車窓から眺める景色。

馴染みの景色が見え始めると、

豊岡駅に近づくまでの一駅一駅が長く感じて

胸が高鳴る気持ちで帰っていたことを憶えています。

 

駅に迎えに来てくれた友人や母の顔を見る時は、何だか少し照れくさくて

派手な帽子被って帰って来て、都会の者になりましたけど?みたいな顔をしていたと思います。

(あー恥ずかしい。)

出ていったら、遊びまくって帰らないぞ!

だったはずが、迎えてくれる豊岡の街に癒され、家族に癒され、友人に癒され

何て居心地がいいんだろうと実感せずにはいられませんでした。

 

どんな場所でも、住めば都、

場所への適応能力も低いわけではなかったのに、

それでもやっぱり、豊岡に帰って来た時の心地よさは今でも憶えています。

 

ここから、実際に帰ってくるまでには、まだ長い話があるのですが、

今日は旅立たれる高校生へ。

 

わたしは高校の時の先生に、

道に迷ってどうしようもない時は

原点に帰ったらいいと教わりました。

 

これから先、悩むことも壁にぶつかることも、一人で旅立っていく皆さんには数え切れない試練が待っていること確実です。

だから疲れた時は、生まれ育ったこの場所へ

羽を休めに帰って来て下さいね。

私は豊岡に帰ってくることが、パワーチャージになっていましたよ。

 

 

この街で生まれ育ったことを誇りに、たくさんの経験をして成長して行ってくださいね。

 

私は豊岡で、皆さんが帰って来たくて仕方がなくなるような、街づくりをしていきたいなと思っています。

共に頑張りましょうね。

 

あっ、戻った時は是非、コーヒー飲みに来て下さいね。

帰って来たよと教えてください。

楽しみに待ってますね〜!

 

皆さんの明るく健やかな未来を、心から願ってます。

 

 

 

 

2017年3月

 

 

 

この記事を書いた人

神野 利江

豊岡市出身の30歳。
美容師の夫と、豊岡市内に小さなヘアサロンとコーヒースタンドのお店を営んでいます。
好きなものは、美味しい食事と絵を描くこと。
穏やかな日々を大切にしています。Uターンから6年目です。

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